避妊手術を受けていなくて、出産経験もない、もしくは少ない女の子は、中高齢になると子宮蓄膿症を起こすことがあります。子宮内に細菌感染が起きて膿が貯まり、早急に治療を行わないと命を落とす恐れもある病気です。

犬の子宮蓄膿症とは

犬の子宮蓄膿症

蓄膿(ちくのう)とは膿が溜まる病気をいいます。
人間の場合、鼻の奥に膿が溜まっている慢性副鼻腔炎のことを「チクノウ」と呼ぶことがありますが、犬の場合は子宮内に膿が溜まる子宮蓄膿症がよくみられます。子宮内で急激に増殖した細菌は犬の全身状態を悪化させ、細菌の毒素由来のショックを起こすこともあります。

症状は?

発情出血(生理)から2ヶ月後ごろに元気や食欲の低下、多飲多尿が認められることが多いです。

・食欲低下
ひと口も食べられない重度の食欲不振もあれば、おいしいものやおやつなら食べるという程度までさまざまです。

・多飲多尿
お水を大量に飲みたがります。飲水量の増加に伴い、尿量が増えることもあります。感染症による菌の毒素の関与などが考えられています。

・おなかがポッコリしている
子宮内に膿が大量に貯まった場合、おなかが膨らんで見えます。妊娠した、太ったと誤解されることもあります。

・体重が急に増えた
大量の膿(多い場合は1kgほど)が原因で、体重が増えることがあります。腹部のふくらみとあわせて、肥満と誤解されることがあります。
「食欲が落ちている・食事量が減っている」のに「体重が増えている、おなかが膨らんでいる」という状況は、子宮蓄膿症や腹水貯留などの病的な症状のこともあり、警戒が必要です。

・熱っぽい
発熱を伴うことがあります。
軽度の症状で慢性的な経過の場合、顕著な発熱が見られないこともあります。
ショック症状を起こすほどの重症例では、体温低下を起こすこともあります。

・陰部から膿や血が出る、陰部が腫れている
膣口からカスタード状の膿や、あずき色をした血まじりの膿がでることがあります。子宮内の膿があふれ出ている状態です。前回の発情出血(生理)から2ヶ月前後しか間隔があいていないのに陰部からなにか出ているというときは、正常な発情周期の生理的な出血ではなく、異常な分泌物の可能性があります。陰部を気にしてなめたり、陰部が腫れたりすることもあります。
しかし、子宮蓄膿症では、膿が陰部から出ないこともあります。むしろ、膿がでていないほうが病状としては深刻です。閉鎖環境で細菌が大量に増殖し、毒素によって急激に状態が悪化しやすいからです。
子宮蓄膿症かも、というような症状の疑い(食欲不振や多飲、腹部のふくらみ、最終発情出血から2ヶ月前後での体調不良など)があった場合は、かならず動物病院を受診しましょう。「陰部から膿も血も出てないから子宮蓄膿症ではないだろう」と楽観的な予測はせず、「膿が出てこない危険なタイプの子宮蓄膿症かもしれない」ので、早めに受診しましょう。

進行すると…?

犬の子宮蓄膿症が進行しすると

治療が遅れてしまうと、細菌毒の影響でショック症状を起こしたり、大量に溜まった膿で子宮破裂を起こしたりすることがあります。子宮破裂によって腹膜内に汚染が広がると、状況は大変深刻になります。最悪の場合には命を落とすこともあります。

原因は?

糞便中の大腸菌などが膣口から入り込んで感染し、子宮内で増殖することで起こります。肛門と外陰部は接近しているため、完全に細菌との接触を断つことは困難です。
発情周期に関連して子宮蓄膿症が起こりやすい時期があることや、性ホルモンの投与などでも子宮蓄膿症が発生することから、根本的なきっかけはエストロゲンやプロゲステロンなどの女性ホルモンの影響によって、感染への抵抗性が弱くなるためと考えられています。

発症しやすい犬の特徴は?

6歳以上(繁殖適齢期以降)で避妊手術を受けていない犬がなりやすいです。とくに、お産を経験していない犬や、最後のお産から年数が経っている場合に発症しやすい傾向があるようです。
また、発情出血後2ヶ月ごろに発症が多く見られます。黄体ホルモン(プロゲステロン)などの影響が考えられます。

診断方法は?どんな検査をするの?

画像検査を行い、子宮が膿で拡張しているのを確認することで、容易に診断できます。妊娠との見分けもつくので、レントゲンやエコー検査は非常に有用です。しかし、膿があまり溜まらず、画像検査上では大きな変化はない場合もあります。陰部からの分泌物の性状や臨床症状から子宮蓄膿症がわかる事例もあります。

血液検査では、炎症細胞の白血球数の増加や、炎症マーカーのCRP(身体のなかで炎症が起きているときに血液中で上昇するたんぱく質のこと)の上昇などを伴うことがあります。軽度の貧血など、さまざまな全身症状をともなうこともあります。

治療法は?

犬の子宮蓄膿症の治療法

基本的には外科手術が実施されますが、状況によっては内科療法も実施されます。

外科手術

子宮蓄膿症の基本的な治療法です。膿が溜まった子宮を摘出します。同時に卵巣も摘出し、卵巣疾患の予防をかねることもあります。子宮卵巣摘出という処置自体は避妊手術と同様なのですが、健康なときに行う避妊手術と比べると、いくぶん身体への負担がある状況となります。

膨らんだ子宮は破れやすくなっているので、膿や細菌があふれないように注意が必要ですし、元気や食欲も落ちて炎症反応も起きている状態ですから、手術後の体調変化にも注意が必要です。細菌の毒素の影響でショック症状を起こしたり、血が止まりにくくなったりすると輸血が必要になる場合もあります。

そのため、入院日数は避妊手術より長くなることが多く、必要な投薬や処置も増えます。健康な子に予防的に行う避妊手術と比較すると、手術費、入院費は数倍以上高額になると考えられます。10万円以上になることが一般的だと思われます。

内科治療

子宮内の膿の貯留がごくわずかで、膿がため込まれずに膣から排出されていて、全身状態が良好といった限定的なケースでは、内科治療を行うこともあります。しかし、回復しても再発する可能性もあり、基本的には子宮摘出が推奨されることがほとんどでしょう。

それ以外の内科治療は以下の状況で行われます。

①手術を予定しているが、すぐに手術を実施できない場合の応急処置
②外科手術後の管理の一環として

①の場合は、手術までの状態悪化を少しでも防ぐことが目的となります。深夜帯や休診日で医療スタッフが不足しているなどの状況では、すぐに手術ができないこともあります。

抗生物質の投与や、点滴で循環状態を緩和してショック状態を予防する、といった治療を行います。
子宮内の膿の貯留が大量な場合は、投与した抗生物質だけでは回復が難しいため、可能な限り早く外科手術で子宮を摘出します。

②の術後の管理では、抗生物質の投与を行います。これは、原因菌が血中に広がっている可能性を考え、敗血症(細菌などが増殖して炎症が全身に広がり、その結果、重大な臓器障害が起きて重篤になる状態のこと)などを防ぐためです。有効な抗生物質を確実に投与するため、膿の中の細菌を培養して原因菌を特定したり、抗生物質の感受性検査を行う場合もあります。

治療費は?どれくらい通院が必要?

みんなのどうぶつ病気大百科』によると、犬の子宮蓄膿症における1回あたりの治療費は5,400円程度、年間通院回数は2回程度です。

病気はいつわが子の身にふりかかるかわかりません。万が一、病気になってしまっても、納得のいく治療をしてあげるために、ペット保険への加入を検討してみるのもよいかもしれません。

予防法は?

犬の子宮蓄膿症の予防法

健康なうちに避妊手術を受け、子宮や卵巣を摘出することで予防ができます。
“子宮をとる”という点では、避妊手術も子宮蓄膿症時の手術も同じですが、身体への負担やリスクは大きく異なります。子宮蓄膿症の手術の場合は感染が起きている状況ですし、年齢も高齢になっています。若くて健康なときに予防的に行う避妊手術の方が愛犬にとって負担も少なくて済みます。

また、2回目の発情までに避妊手術を行うと、乳腺腫瘍のリスクも減らせることがわかっています(初回発情前の方が予防効果は大きい)ので、若い時期の方が多くのメリットを得られます。
繁殖を希望しない場合は、避妊手術を検討するとよいでしょう。

避妊手術の方法と費用は?

子宮と卵巣を全摘出する方法と、卵巣だけを摘出する方法があります。
開腹手術をして摘出する方法が主流ですが、最近は腹腔鏡を使った手術を行う動物病院もあります。

開腹手術の場合、日帰り~2泊程度の入院が必要となることが多く、傷がふさがるまでには1週間から10日間ほどを要します。腹腔鏡手術の場合、傷口は小さく済み、入院日数は短くなる傾向にありますが、高度な設備と専門的な技術を要するため、費用は高くなり、対応可能な動物病院も限られます。

どちらの術式であっても全身麻酔と切開を必要とするため、健康状態の確認や事前の十分な相談を経て、手術を受けることが大切です。

避妊手術を予定していた時期に、発情が来てしまうことがあります。発情中でも可能な事例も多いですが、手術を急ぐ必要がなければ発情が落ち着くまで延期する場合もあります。手術予定の直前に発情出血が見られた場合は、かかりつけ医に相談するようにしましょう。

避妊手術をしない場合にできる予防法はある?

発情周期(生理の出血)を記録しておきましょう。
発情出血が確認された後、1~2ヶ月くらいは体調に気をつけたい時期です。食欲や飲水量を確認し、気になる変化があればすぐに動物病院を受診しましょう。

まとめ

犬の子宮蓄膿症に注意を

子宮蓄膿症は、未避妊の女の子の犬に比較的よく見られる疾患です。中高齢以降ではとくに注意が必要となります。食欲不振と多飲多尿がきっかけで気づくことが多いので、避妊していない女の子は毎日の食欲と飲水量、排尿状況を観察するように心がけましょう。

また、避妊手術を計画する場合は、乳腺腫瘍の予防効果も考えると、おおむね生後6ヶ月ごろから1歳くらいまでの間がよいタイミングとなります。かかりつけ医に相談しながら検討するとよいでしょう。

【関連記事】

監修獣医師

中道瑞葉

中道瑞葉

2013年、酪農学園大学獣医学科卒。動物介在教育・療法学会、日本獣医動物行動研究会所属。卒後は都内動物病院で犬、猫のほか、ハムスターやチンチラなどのエキゾチックアニマルも診療。現在は、アニコム損保のどうぶつホットライン等で健康相談業務を行っている。一緒に暮らしていたうさぎを斜頸・過長歯にさせてしまった幼い時の苦い経験から、病気の予防を目標に活動中。モットーは「家庭内でいますぐできる、ささやかでも具体的なケア」。愛亀は暴れん坊のカブトニオイガメ。