急性腎不全とは、数時間〜数日の間に急激に腎臓の機能が低下する状態です。腎臓は、血液中の老廃物や余分な水分を尿という形で体の外へ排泄する働きをしています。何らかの原因により腎臓の機能が急激に低下すると、過剰な水分が体内に蓄積したり、体液中の電解質(イオン)がバランスを崩したりして、生命を維持する機能が働かなくなることで命の危険に陥ります。早急に腎臓の機能を低下させている原因を突き止め、治療を行う必要がある救急疾患です。急性腎不全の原因には、ぶどうや植物による中毒など、生活の中で気をつけなければならないものもあります。今回は、急性腎不全にならないために気をつけるべき事や原因・治療について解説していきます。

犬の急性腎不全とは

ふせするキャバリア

犬の急性腎不全とは、さまざまな原因により急激に腎臓の機能が低下し、老廃物が蓄積することで尿毒症と呼ばれる症状を主体として、さまざまな症状を引き起こす症候群のことを指します。尿から老廃物の排泄ができなくなり、体液の水分量や塩分量が調整できない状態です。

腎臓の働き

腎臓には、

  1. 身体に不要な老廃物を排泄する
  2. 水と電解質(イオン)量を一定に保つ
  3. 酸塩基平衡(さんえんきへいこう/体内での酸性物質とアルカリ性物質のバランス)を保つ
  4. ホルモンを分泌する
  5. ビタミンDを活性化する

という働きがあります。腎不全では、これらの働きが障害されます。

腎不全には腎臓の機能が急激に低下する“急性腎不全”と、徐々に腎臓機能が低下する“慢性腎不全”があります。急性腎不全は短期間で重篤な状態になるため、早急に治療を始めることで回復する可能性がありますが、一方で腎障害が重篤であったり、治療が遅れた時には死に至る病気です。犬の急性腎不全の生存率は50%程度ともいわれています。早期に発見し、適切な治療を行うことが重要なのです。

症状は?

急性腎不全の症状はさまざまです。初期の症状は、突然食事を食べなくなり、何度も吐いてしまう、下痢をする、元気がなくなるなど他の疾患でも見られるものが多いです。数日で急激に状態が悪化していきます。腎臓に痛みが生じることもあります。急性腎不全が進行すると、尿中に排出されるべき老廃物が体内に蓄積する尿毒症という状態に陥ります。尿毒症になると、毒素が体のいろいろな器官に影響を与え、運動失調や痙攣・昏睡、呼吸困難、浮腫、口内炎、口臭などが起こります。尿の量は一過性で多くなることもありますが、その後減っていき、無尿になります。尿が出ないのは、腎臓の働きがとても悪くなっているということであり、予後が非常に悪くなります。

原因は?

ハスキーの子犬

急性腎不全の原因は、原因の存在する場所により腎前性、腎性、腎後性の3つに分けられます。

腎前性(腎臓への血流の低下)

全身の血液の循環が悪くなることで、腎臓に流れ込む血液量が減少し、血液を濾過する機能が低下している状態です。重度な脱水や嘔吐下痢、外科手術や外傷の出血、高体温・低体温、ショック状態、全身麻酔などの著しい心臓機能の低下が原因となります。

腎性(腎臓そのものの障害)

腎臓そのものが障害を受け、機能が低下している状態です。腎臓の障害は、①感染症、②腎毒性物質、③腎炎、④その他の腎臓に起こる病気が原因で起こります。

①感染症

膀胱炎などの細菌が腎臓にも感染し、細菌性腎盂腎炎(さいきんせいじんうじんえん)を起こすことが一般的な原因です。膀胱炎を繰り返している時には注意が必要です。また、細菌の一種であるレプトスピラの感染にも注意が必要です。レプトスピラは、ネズミの尿を介して感染し、肝臓や腎臓が障害されます。レプトスピラは、人にも感染します。沖縄や九州地方に多く、関東でも散見されます。8種や9種の混合ワクチンで予防できます。

②腎毒性物質

犬では、腎毒性物質を摂取し、急性腎不全になってしまうことがとても多いです。腎毒性物質には以下のようなものがあります。犬が誤ってこれらを誤飲することがないように注意しましょう。

・非ステロイド系抗炎症薬:
人用の痛み止めや風邪薬に含まれます。犬が痛そうにしているからと人用の痛み止めを与えてしまう場合があるようですが、人用は犬にとっては危険なので絶対に与えてはいけません。

・抗菌薬:
心不全や脱水がある犬では注意が必要です。

・ぶどう、レーズン:
生のぶどうも干しぶどうも犬にとっては危険です。ワインも与えてはいけません。

・ユリ科の植物:
花だけではなく、花粉・茎・葉・根・花瓶の水も注意が必要です。チューリップやスズラン、スイセンなどもユリ科の植物に含まれます。

・不凍液、エチレングリコール:
保冷剤や自動車の冷却水の不凍液に含まれるエチレングリコールは甘い味がするため誤飲してしまうことがあります。

・重金属:
鉛の入ったペンキなどを舐めてしまうことがあります。

③腎炎

腎炎とは、感染や免疫の異常により腎臓に炎症が起こっている状態です。犬では、糸球体(しきゅうたい)という腎臓の中で血液が濾過される部位に炎症が起こる糸球体腎炎が多いです。糸球体腎炎によって腎機能の急激な低下がおき、顕著な浮腫・腹水、高血圧を伴う複雑な循環血液量の異常が見られる場合には、救命することはとても難しいです。

④その他の腎臓に起こる病気

悪性腫瘍のリンパ腫やアミロイドという繊維状の異常蛋白質が沈着するアミロイドーシスは全身に起こる疾患ですが、これらが腎臓にも起こり腎機能を低下させることがあります。

腎後性(尿を排泄できない)

尿石症や尿路の腫瘍により尿路が閉塞されると、腎臓で生成された尿が流れ出なくなり、新たに尿が作れなくなります。尿石症をもつ犬では、定期的に画像検査を行い尿路の閉塞を早期に検出する必要があります。

かかりやすい犬種や年齢は?

急性腎不全にかかりやすい犬種や年齢はありません。どんな犬でもかかる可能性があります。

診断法は?

診察台の上のラブラドール・レトリーバー

身体検査で脱水の状態を確認し、血液検査で腎臓の数値やカリウム、リンなどの数値を確認します。それらで急性腎不全が疑われた場合には、レントゲン検査と超音波検査、尿検査で腎臓の大きさや形、構造の異常がないか、結石がないか、原因の追求を行います。

治療法は?

獣医師と犬

腎臓では、糸球体で血液が濾過され、尿細管で濾過された液から体に必要な水分や電解質を再吸収することで尿を作っています。急性腎不全は、原因がどのようなものであろうと、糸球体での血液の濾過量が急激に低下し、尿細管が傷害されています。特に腎前性と腎性では尿細管の壊死が強く起こります。尿細管は再生できる器官であり、急性腎不全の治療は「尿細管の再生を待つための時間を作る」もので、点滴療法が中心となります。尿細管の再生を待つための時間は愛犬の状態、原因、障害の程度によってさまざまですが、1〜3週間、長いと数ヶ月かかります。

尿が作られない状態の時は、とても重症であり、生存率はとても低いです。点滴療法は、必要な水分量と失う水分量を厳密に推定し、細かく変更することが必要となるため、入院して行います。

具体的には、次の5つの治療を行い、尿細管が再生するのを待ちます。

  1. 適切な点滴療法で脱水を改善し、また過剰に水和することがないようにする
  2. 血液中の電解質(イオン)のバランスの調整。
  3. pH(酸性度)を正常化
  4. 腎障害性毒素を排除
  5. 尿毒症症状を改善

体の水和状態を確認するために、定期的な体重測定と、尿道にカテーテル(管)を留置し、尿量を測定します。それにより体が必要としている水分量を把握し、点滴の量を調整します。嘔吐が続いている時には、制吐剤などの症状を緩和する薬剤を使用します。血液中の電解質(イオン)やpH(酸性度)を確認するために、血液検査や血液ガス検査も細かく行い、それらを調整する薬剤を点滴に追加します。

尿毒症の治療では、尿の産生を促すことで毒素を排出させる他、吸着剤により除去することもあります。

急性腎不全が重度で尿が作られない場合や、点滴治療に反応しない場合は、透析治療という選択肢があります。透析は、低下した腎臓の機能を補うもので、血液透析と腹膜透析があります。血液透析は血液を一度体外に出し、透析器で血液中の老廃物と不要な水分を除去し、きれいにした血液を体内に戻す方法です。腹膜透析は、お腹の中に透析液を入れ、腹膜を介して血液中の老廃物を透析液に引き込み、透析液を回収する方法です。

人では、腎臓病の治療で血液透析が多く行われていて、日本では約26万人が透析治療を行なっています。人の場合、腎臓の機能がほとんどなくても1週間に3回程度の透析で生命を維持することができます。しかし、動物の場合は、費用や施設、使用できる血管、長時間の拘束、通院頻度が問題となり、人のように血液透析を行うことは難しく、また、行える動物病院は非常に少ないのが現状です。人のように慢性の腎臓疾患で生命を維持するために血液透析を行うことはできません。しかし、急性腎不全の治療の回復までの短期間、腎臓機能を補うための血液透析は、選択肢の一つとなるでしょう。腹膜透析は、効果は血液透析に劣りますが、特殊な機械が必要でないため、血液透析より実施できる施設が多いです。

犬の急性腎不全の生存率は50%ともいわれ、尿がでない重症の回復は特に厳しいものとなります、そして回復した後も、多くの場合は腎臓の障害は残り、慢性腎臓病としてのケアが必要となります。

急性腎不全の治療は、入院で集中治療が必要となるため高額になることが多いです。重症度や入院期間により費用はばらつきがあるものの、一度の入院で10万以上の費用がかかることが多いでしょう。透析などの特殊な治療を行なう場合は、更に高額となるでしょう。

予防法は?

ミニチュア・シュナウザー

人用の薬は愛犬の届かないところにしまう、ぶどうやレーズンを与えない、ユリ科の植物には近づけないなど日頃から十分に注意し、誤って摂取することがないようにしましょう。腎毒性物質は犬の生活範囲には置かないようにし、犬が食料やゴミ箱を漁ることができないように扉の中にしまったり、ゲートをつけたりしましょう。ユリ科の植物は家庭に置かないようにし、散歩中にも花壇には近づけないようにしましょう。

誤って誤飲してしまった場合には、なるべく早く動物病院に行き、吐き戻す処置をしてもらいましょう。催吐薬で吐き戻させましょう。物質が胃を通過し腸に入ってしまうと吐き戻すことができなくなるため、早く催吐処置を行う必要があります。

熱中症は、高体温と脱水を引き起こし、急性腎不全を引き起こすことがあります。夏場は湿度と温度の管理をしっかりと行いましょう。特に高齢犬では体温調節が難しくなり、熱中症を引き起こすことが多いです。

レプトスピラの感染にも気を付ける必要があるでしょう。レプトスピラは、ネズミの尿を介して感染します。ネズミの尿やネズミの尿に汚染された水や土壌との接触に注意しましょう。レプトスピラは予防できるワクチンがあります。レプトスピラはインフルエンザのように多くの血清型があり、血清型が異なるワクチンを打っても効果がないため完全な予防ではないですが、人にも感染する疾患なので、山や水辺などのネズミの多い場所によく行く、外で飼っている、九州や沖縄に住んでいる、犬を連れていく機会がある場合などは、レプトスピラのワクチンを打つことを考えましょう。

まとめ

抱っこされるヨーキー

急性腎不全は、身近なものの誤飲で引き起こされ、どの犬でもかかる可能性があります。急激に悪化していき、生存率も低いとても怖い病気です。不注意で愛犬を命の危険に晒すことがないように、しっかりと知識をつけ予防しましょう。そして、愛犬にいつもと違う様子が見られた時には、いち早く動物病院を受診しましょう。

監修獣医師

平野翔子

平野翔子

2012年に東京農工大学を卒業後、24時間体制の病院に勤務し、予防診療から救急疾患まで様々な患者の診療に従事。その傍ら、皮膚科分野で専門病院での研修や学会発表を行い、日本獣医皮膚科学会認定医を取得。皮膚科は長く治療することも多く、どうぶつたちの一生に関わり、幸せにするための様々な提案や相談ができる獣医療を目指す。パワフル大型犬とまんまる顔の猫が大好き。