犬の水頭症はそれほど頻繁にみられる疾患ではありませんが、発症しやすい年齢や犬種に特徴があります。症状は個体によって大きく異なり、治療法や予後も異なります。
また、先天的な病気と捉えられがちですが、後天的に水頭症を発症することもあります。脳に関係するため、症状として行動や感覚機能などに異常がみられることもあります。水頭症の原因や症状、治療や予防法について解説します。
「脳脊髄液(のうせきずいえき)」について

人間を含めた脊椎動物の頭蓋骨の中には脳があります。脳の内部には脳室と呼ばれる空間が存在し、ここにわずかながら脳脊髄液と呼ばれる液体があります。脳脊髄液は脳の脈絡叢(みゃくらくそう)という場所で作られ、脳の外にあるクモ膜下腔と脳室を循環しています。この脳脊髄液は無色透明で、健康な個体では産生量と循環量のバランスが整えられています。
脳脊髄液にはブドウ糖、タンパク質などの成分が含まれ、脳と脊髄に栄養を供給し、代謝によって生じた二酸化炭素などを運搬する役割も担っています。また、頭に衝撃を受けるような事故があった場合、この脳脊髄液が脳への衝撃を緩衝し、脳のダメージを抑えるクッションとしての機能も持ち合わせています。脳脊髄液は全体の量としてはわずかですが、脳の健全な機能を維持する“縁の下の力持ち”のような働きを絶えず行っているのです。
犬の水頭症とは
この脳脊髄液の量が何らかの原因で過剰になり(脳脊髄液の循環が妨げられる、過剰な産生、吸収阻害のいずれかが原因として挙げられます)、脳を圧迫し、その影響で脳神経組織の機能が低下した状態を水頭症と呼びます。脳の一部あるいは、脳全体に脳脊髄液がたまることによって脳圧が上昇します。圧迫された部分が担っている役割によりさまざまな症状が現れます。
“代償性”の有無
水頭症は、“代償性”があるかどうかで区分されます。この場合の“代償”とは、脳の機能をなんとか維持できていることを意味します。つまり、非代償性の水頭症は、徐々に脳の機能が低下していくものを指します。この場合、脳脊髄液の流れが非常に悪く逃げ場を失っている状態であるため、「閉塞性水頭症」とも呼ばれます。
一方で代償性の水頭症の例としては、脳そのものの発育不良があり、そこに脳脊髄液がたまっている状態があります。この場合、脳が強く圧迫されずに「閉塞性水頭症」と比べると症状が軽度、あるいは進行の程度が穏やかなケースがあります。ただし、個体差があるので上記に当てはまらないこともあります。
先天的水頭症と後天的水頭症
水頭症は、先天的な原因で発症するものと、後天的に発症するものの大きく2つに分けられます。
先天的な水頭症
先天的な水頭症には以下のようなケースがあります。脳の内部には、中脳水道という脳脊髄液が行き来する細い道のような部分があります。ここが狭まってしまうことで脳脊髄液の流れが滞り、左右両側の側脳室という部分に影響を及ぼします。それだけではなく脳内の全ての脳室が拡張する場合もあります。「原発性閉塞性水頭症」とも呼ばれ、脳の構造を重度に悪化させてしまう場合があります。
後天的な水頭症
腫瘍や脳炎、あるいは外傷による脳の損傷、脳の出血、炎症によって引き起こされる水頭症で、別名、「二次性閉塞性水頭症」と呼ばれます。後天的な疾患などによって、脳脊髄液の流れが阻害され脳圧が上昇します。
また、脳梗塞や脳出血が原因で脳の組織の一部が壊死した場合、その空間に脳脊髄液が貯留することもあります。こちらは先述した代償性の水頭症に当てはまります。いずれの場合でも、もともと水頭症が存在していたというよりも他の要因で水頭症を二次的に発症するものがほとんどです。
その他の要因
水頭症の多くは脳脊髄液の流れが阻害されることが原因となりますが、まれに脳脊髄液の生成が過剰な場合、あるいは脳脊髄液を吸収する機能が低下することによっても引きこされることがあります。しかし、これらは比較的稀なケースです。
症状は?
水頭症は脳室に脳脊髄液が過剰に貯留する病気なので、脳に関連した症状が生じます。脳のどの部分に、どれくらいの圧迫がかかっているかによって、脳障害が起きる部位や症状が異なり、神経の症状が多岐にわたるのが特徴です。
症状の例をいくつか挙げてみましょう。
行動の異常として目につきやすいのは、
- よく眠る傾向にある
- ぼんやりしている
- 学習能力の低下
- ときどき奇声を上げる
- 不意に攻撃性が増強される
などがあります。
運動機能では、
- 歩き方に異常がみられる
- ふらつきや同じ場所をぐるぐる回る
- てんかんのような全身のひきつけ
- 視力の低下
などがあります。
そのほか、外斜視や、重度になると昏睡を起こし全身の機能不全から死に至ることもあります。
その一方で、見た目にはほとんど異常がなく、大きな治療が必要になることもなく生涯を全うする子もいます。
診断

水頭症は、主に脳神経に由来した症状が出ていることや、発症しやすい犬種かどうかなどを考慮した上で、画像により診断します。
水頭症を発症しやすい条件には、「泉門」と呼ばれる頭頂部の頭蓋骨の閉鎖不全、同じ犬種、同じ体格の犬と比べて頭蓋骨が大きくドーム状で、左右の眼球が外側の斜視になっているなどがあります。
診断には、一般に頭部のX線検査のほか、エコー検査などを用いることが多いです。泉門が開口している場合、開口部分から脳脊髄液の状態を確認できますが、脳の全体をエコー検査のみで観察することは困難です。
CT・MRI検査も
より精密な診断を行う場合は、CTやMRIを用います。脳室全体を確認できるほか、脳炎や出血、脳浮腫など脳の病変の有無も確認できることが大きな利点となります。近年これらの画像診断設備を持った動物病院が増えているので、これまでより一般的な検査手段となっています。画像診断のほか、脳神経系の機能を評価するため神経学的検査もあわせて行われます。
かかりやすい犬種は?
先天的な水頭症にかかりやすい犬種として、大まかに分類すると小型犬あるいは短頭種が該当します。例えば、チワワ、マルチーズ、ポメラニアン、トイ・プードル、パグ、ペキニーズ、ボストン・テリア、ブルドッグ、ケアン・テリアなどがあります。
後天的な水頭症を発症しやすい特定の犬種はありません。先天的な水頭症を発症するリスクの高い犬種の場合は、子犬のうちから異常行動や歩き方などに異変を感じたら、早めに獣医師に相談するとよいでしょう。
治療法
治療は、脳脊髄液の流れを改善することが原則となります。これにはいくつかの方法がありますが、内科治療と外科手術があります。
内科治療では、脳圧を低下させるために、利尿薬やステロイドを使用します。利尿薬では、浸透圧利尿薬と呼ばれるタイプの薬がよく用いられます。利尿薬は、脳脊髄液の産生を低下させること・浮腫を除くことで、脳圧の低下に働きかけます。ステロイドは、脳自体の浮腫を改善させることで脳圧の低下に働きかけます。症状の改善具合によって、それぞれの薬の投薬量を調整します。
外科的な治療には、脳室内に過剰に貯留している脳脊髄液を脳室の外側に逃がすバイパスを設置する手術が行われます。代表的なものに腹腔に脳脊髄液を連絡させる「脳室-腹腔短絡術(VPシャント術)」があります。手術を行うことで脳圧の低減が図られ、症状を改善へと導きます。
治療費は?どれくらい通院が必要?
『みんなのどうぶつ病気大百科』によると、犬の水頭症における1回あたりの治療費は7,238円程度、年間通院回数は4回程度です。
病気はいつわが子の身にふりかかるかわかりません。万が一、病気になってしまっても、納得のいく治療をしてあげるために、ペット保険への加入を検討してみるのもよいかもしれません。

予防法
先天性の水頭症は、残念ながら予防法はありません。発症しやすいといわれている犬種と生活している方は、行動の異常がないかをよく確認することが重要です。先述した条件に当てはまる犬種で、行動に異変がみられた場合は、検査をおすすめします。
一方で後天的な水頭症は、主に頭蓋骨内部での炎症や出血、腫瘍などが関連していますが、これらは症状がなければ気づきにくいです。先天性の場合と同じく、行動の変化や視力の変化、歩き方の異常などがみられるようであれば診察と検査が必要となります。また、水頭症に対する直接の予防ではありませんが、頭部に対する強い衝撃を与えないようにしましょう。
まとめ

犬の水頭症は先天的にも後天的にも発症する可能性のある病気です。特に先天的な水頭症は、家庭に迎え入れてから1年以内に発症することがほとんどです。幼齢期の行動異常や視力異常がみられた場合は、水頭症の可能性を選択肢に入れておく必要があります。軽度の水頭症はほぼ無症状ですが、進行が急だったり、重度の場合は、脳へのダメージが大きくなり命に直結する問題になることもあります。
病気の発症を予防する効果的な方法はありませんが、水頭症にかかりやすいといわれる犬種では日頃から生活の様子を観察し、異変に早く気づけるかがポイントとなります。定期的な健康診断を行うことも有効です。
【関連リンク】
水頭症 <犬>|みんなのどうぶつ病気大百科