赤芽球癆(せきがきゅうろう)は、新しい赤血球が作られなくなり、貧血に陥る病気です。赤芽球(せきがきゅう)とは赤血球の赤ちゃんのことで、癆(ろう)はやせ衰えることを意味します。なんらかの原因で骨髄機能が低下して起こると考えられています。

犬の赤芽球癆(PRCA)とは?どんな病気?

骨髄での造血機能低下によって貧血が起こります。非再生性貧血に分類される病気です。
※非再生性貧血…新しい赤血球がうまく作られないことで起きる貧血のこと。慢性腎不全や鉄欠乏、栄養不良、抗がん剤の副作用なども該当します。

赤血球を作る仕組み

健康な骨髄では、血液中の細胞成分の赤血球や白血球、血小板が産生されています。骨髄にはこれらの血球成分の赤ちゃんである幹細胞がたくさんあり、常に新しい血球が作られています。犬の赤血球の寿命は約120日(4ヶ月)ですが、寿命を迎えた古い赤血球は、新しい赤血球と入れ替わるようになっています。

出血などで赤血球が失われたときは、骨髄から新しい赤血球が増産され、3~5日ほどで若い赤血球がみられるようになります。

赤芽球癆の場合

赤芽球癆の場合は、何らかの問題で骨髄にある赤血球系の幹細胞が少なく、赤血球の産生が減少しています。

骨髄の病気や抗がん剤の使用などで、すべての血球(赤血球、白血球、血小板)の産生が減少する状態もありますが、赤血球系だけに限定した減少を「赤芽球癆」と呼びます。

骨髄生検をして病理学的な検査を行い、骨髄中の赤芽球系細胞や未熟な赤血球の減少を確認することで、赤芽球癆かどうか判断できます。

どんな症状?

慢性的な貧血症状がみられます。

臨床症状

家庭内でもわかる症状には以下のようなものがあります。

  • 歯茎や舌の色が白っぽい
  • 元気がない、ぼーっとしている、寝てばかりいる
  • 運動や散歩で疲れやすくなった
  • 暑くもなく、興奮もしていないのに、ハアハアと開口呼吸をする

血液検査の異常

動物病院の検査でわかるものには以下のような項目があります。

・赤血球の減少

赤血球の数やヘマトクリット値(血液中の赤血球の割合)が低下します。

健康な犬のヘマトクリットは37%~55%程度で、37%以下の場合は貧血が疑われます。健康な犬でも品種や性別で多少個体差があります。

また、脱水での血液濃縮の影響等で、検査数値の結果が必ずしも実際の貧血の程度と一致しないこともあり、全身の状態と合わせて評価します。

・幼若な赤血球の不在

幼若な赤血球の存在は、骨髄などの造血機能が正しく働いているかを判断する参考になります。

赤芽球癆は、新しい赤血球が作られない非再生性貧血の病気なので、貧血状態でも幼若な赤血球がみられないという特徴があります。

血液中の幼若な赤血球(網状赤血球)の有無は、採血した血液に特殊な染色処置(ニューメチレンブルー染色)を実施すると確認できます。赤血球の大きさなどからも、新しい赤血球が作られているかどうか推定できる場合もあります。

原因は?

自己免疫の異常

免疫の異常によって、骨髄組織や赤血球のもととなる幹細胞系が破壊されてしまうことが多いようです。なぜ自己免疫による傷害が発生するかの根本的な原因ははっきりとわかっていません。

抗エリスロポエチン抗体

慢性腎不全の影響による貧血の治療のときに、ヒト組み換え型エリスロポエチン製剤を使用していると、赤芽球癆が起こりやすくなることが知られています。

エリスロポエチンは腎臓から出てくる物質で、骨髄にある赤芽球に働きかけ、赤血球の産生を促す働きをしています。腎臓病によってエリスロポエチンが十分に作られなくなると、腎性貧血という貧血症状が起こります。

この場合、造血剤としてエリスロポエチンが役立つこともあるのですが、投薬されたエリスロポエチンに対して抗体が作られてしまうと、うまく造血機能が働かなくなってしまうことがあります。

どんな犬がなりやすい?

中高齢の犬と、腎不全による貧血の治療歴のある犬です。

中高齢の犬

赤芽球癆の発症年齢の中央値は約6.5歳です。

犬種によってばらつきはありますが、おおむね5歳を過ぎたら中年のライフステージになるので、さまざまな病気に注意してあげましょう。

腎性貧血の治療歴のある犬

全ての腎不全の犬が赤芽球癆の高リスクというわけではありません。

腎性貧血の治療としてヒト組み換え型エリスロポエチン製剤を使用したことがある犬の場合は、赤芽球癆の発症リスクが高まります。

進行した腎不全では、腎臓で作られる造血因子が不足し、貧血に陥ってしまうことがあります。その際、造血因子を補う目的で、ヒト組み換え型エリスロポエチンを使用することがあります。造血効果が得られるのですが、抗エリスロポエチン抗体が作られてしまうと、その後エリスロポエチンの効き目が悪くなったり、赤芽球癆を発症することがあります。

どんな検査をするの?

赤芽球癆は非再生性貧血のひとつですが、貧血症状自体はほかのさまざまな病気でみられます。

はじめに貧血が見つかった時点では、すぐに赤芽球癆とは診断がつかないことがほとんどなので、たくさんある貧血の原因の可能性を考慮しながら、犬の状態に合わせて検査を行い診断していきます。

赤芽球癆の診断にかかわる検査は、血液検査と骨髄生検が代表的です。

血液検査

・血球検査

赤血球や白血球などの数や状態を確認します。

赤血球の大きさや個数、血液の濃さ(ヘマトクリット値)などは貧血の重症度の評価や、大まかな原因の推測に役立ちます。

赤血球だけではなく白血球数や血小板数も減少している場合は、赤芽球癆以外の骨髄疾患や免疫介在性疾患が疑われます。

・血液生化学検査

肝臓や腎臓などの機能や血中蛋白濃度、黄疸の有無などを幅広く測定します。

肝不全や腎不全による貧血の可能性や、出血や溶血(赤血球が血管内で壊れること)の有無、栄養状態の評価などを行い、貧血の原因を絞り込む参考とします。

骨髄生検

骨髄生検は、原因を特定する確定診断に役立ちます。

専用の太い針を使用して、骨の中心部にある骨髄組織を少量採取します。大腿骨など太さのある部位が選ばれることが多いです。局所麻酔で採取できる場合もありますが、犬の状態や性格によっては、安全確保のために鎮静剤や全身麻酔を使うこともあります。

採取した骨髄組織で病理検査を行い、血球の赤ちゃんとなる細胞を確認します。白血球や血小板のもととなる細胞がしっかりあるのに赤血球系の細胞が少ない場合は、骨髄での赤芽球系低形成と判断され、赤芽球癆と診断されます。

治療法は?

免疫抑制剤による治療が一般的です。

プレドニゾロンなどのステロイドや、シクロスポリンなどが用いられます。投薬の効き目が現れるまでに数週間から数ヶ月ほどの時間がかかるケースもあり、重度の貧血の場合は輸血が必要なこともあります。

免疫抑制剤の使用状況によっては、感染症にデリケートな身体になったり、いつもと調子が変わったりすることがあります。嘔吐などの症状が出た場合は、胃薬を併用することもあります。

ステロイド剤の使用中は飲水量や尿量、食欲が増えることもあります。お水は欠かさず飲めるようにし、異物の誤飲、盗食に気をつけてあげましょう。食欲発散には、フードを詰め込んで使える知育トイもおすすめです。

赤芽球癆の治療に免疫抑制剤はとても大切な薬です。自己判断で薬をあげるのをやめてしまうと犬の体に負担をかけることもあります。変わった様子が出た場合は、まずはかかりつけ医に相談しましょう。

再生医療という選択肢

治療法のひとつとして、「再生医療」という選択肢もあります。「再生医療」とは「細胞」を用いて行う治療法です。方法は以下のとおり、とてもシンプルです。

この治療法は、本来、身体が持っている「修復機能」や「自己治癒力」を利用して、病気を治していくものです。手術などに比べると身体への負担が少ないことも大きな特徴です。

再生医療は現在まだ臨床研究段階ですが、あきらめないで済む日がくるかもしれません。ご興味のある方は、かかりつけの動物病院の先生に相談してみてください。

治療費は?どれくらい通院が必要?

みんなのどうぶつ病気大百科』によると、犬の赤芽球癆(PRCA)における1回あたりの治療費は11,124円程度、年間通院回数は6回程度です。

病気はいつわが子の身にふりかかるかわかりません。万が一、病気になってしまっても、納得のいく治療をしてあげるために、ペット保険への加入を検討してみるのもよいかもしれません。

食事やサプリで貧血は治る?

赤血球を作るためには、十分なタンパク質、鉄や銅などの微量元素、葉酸やビタミンB12などが必要です。

非常に偏った食生活を送っている場合には、栄養不良によって貧血が起こることもあります。鉄欠乏性貧血はその代表です。総合栄養食を食べない偏食生活や、限られた食材だけで手作り食を続けていると、貧血が起こることがあります。こういった貧血を栄養欠乏性貧血といいます。

鉄欠乏性貧血をはじめとする栄養欠乏性貧血の場合には、食事の改善やサプリメントが治療に大変役立ちます。鉄やタンパク質を多く含む食べ物を取り入れたり、動物病院で鉄剤の処方を受けるなどして治療することもあります。

赤芽球癆を治療中の犬も、十分な栄養を取ることやサプリメントは健康維持に補助的に役立つと考えられます。

しかし、赤芽球癆の場合は、骨髄にある赤血球の赤ちゃんが減ってしまうことが貧血の原因であるため、鉄分などの栄養を追加するだけでは症状の改善は難しいです。赤芽球癆の場合は、バランスの良い基本的な食事(総合栄養食など)をベースにしつつも、免疫抑制剤が治療の柱になるでしょう。

また、犬場合は、ビタミンB12や葉酸の欠乏に起因する貧血はあまりみられないとの見解もあります。鉄などのサプリメント類や、レバーなどの食材は、偏って摂取するとかえって具合が悪くなってしまうこともあるため、過剰摂取には注意が必要です。輸血を受けた後など、鉄過剰症になりやすいときもあります。特に鉄分の摂取量については、獣医師の判断と指示のもとで調節していくと安心です。

食事変更やサプリメントの追加を検討する場合は、まずかかりつけ医に相談しましょう。

予防法は?

効果的な予防方法は特にありません。

しかし、早期発見と早期治療が大切です。赤芽球癆による貧血は、血液検査によって見つけることができます。軽度の貧血のうちから治療を開始できれば、投薬処置のみで貧血から回復することも見込めます。重度の貧血では、輸血が必要になるケースもあります。

犬の5~6歳はまだまだ若いと思いがちな時期ですが、さまざまな病気がみつかりはじめます。特に症状や持病がなくても、血液検査などの健診を定期的に受けると安心です。毎年のフィラリア予防を開始する時など、採血する機会があれば同時に血球検査や生化学検査でみてもらうのもよいでしょう。

まとめ

赤芽球癆は貧血の原因のひとつです。慢性的な経過で重症化することもある病気のため、早期発見が大切です。

特に持病や症状がなくても定期的に動物病院を受診し、血液検査を含めた健康診断を受けることが、早期発見につながります。

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監修獣医師

中道瑞葉

中道瑞葉

2013年、酪農学園大学獣医学科卒。動物介在教育・療法学会、日本獣医動物行動研究会所属。卒後は都内動物病院で犬、猫のほか、ハムスターやチンチラなどのエキゾチックアニマルも診療。現在は、アニコム損保のどうぶつホットライン等で健康相談業務を行っている。一緒に暮らしていたうさぎを斜頸・過長歯にさせてしまった幼い時の苦い経験から、病気の予防を目標に活動中。モットーは「家庭内でいますぐできる、ささやかでも具体的なケア」。愛亀は暴れん坊のカブトニオイガメ。