
肺炎は、咳や呼吸困難を主症状とする呼吸器疾患です。
細菌やウイルスによる感染が悪化して起こることもありますし、誤嚥(ごえん:飲みこんだものが誤って気道に入ってしまうこと)の結果、急激に発生することもあります。
心臓病や肺水腫などでも同様の症状が見られますが、原因がいずれの場合でも、命にかかわるおそれのある危険な症状です。
犬の肺炎とは?どんな病気?

肺炎は、さまざまな原因で起こります。例えば、細菌やウイルス、異物やアレルギーなどがきっかけとなり肺の組織に炎症が広がってしまった状態を指します。重度な肺炎になると、十分な酸素を体に取り込むことができず、命にかかわることもあります。呼吸器疾患は急激に悪化する場合もあるので、早めの積極治療が望ましいです。
どんな症状?

咳、呼吸困難、ゼーゼーとした音が混じった呼吸音(喘鳴/ぜんめい)が代表的です。その他にも、元気消失、運動したがらない、食欲低下、体重減少などが見られることもあります。
鼻水や発熱も見られるときもありますが、見られない場合もあります。
初期症状
肺炎の初期、または肺炎を起こす前の気管支炎症状では、咳や異常呼吸音が見られます。
興奮時や運動時、夜間や早朝は咳が出やすいという傾向にあります。
昼間になって落ち着いてきたからと動物病院を受診せずに経過を見ていると、夜になってから咳がひどくなることもあります。
初期の段階では、活動性はいつもと変わらず、食欲も変わらないこともありますが、早い段階で動物病院を受診するようにしましょう。
症状が進行すると…?
呼吸困難が悪化します。暑くもないのにハアハアと開口呼吸をしたり、呼吸が早くなったり、胸が大きく動く努力性の呼吸や、連続する咳などの症状が出ます。舌や歯ぐきの色が青ざめるチアノーゼ症状が出ることもあります。健康な犬の舌や歯ぐきはピンク色ですが、青白くなるチアノーゼ症状は血中の酸素が不十分なことを示すサインで、緊急性が高い症状です。この場合、夜間や祝日等でかかりつけ医が休診でも、救急対応可能な動物病院の受診が推奨されます。
(チャウチャウなどの一部の犬種では、健康でも舌が青っぽいので、その場合は歯茎の色で血色を判断します)
症状が進行してくると元気や食欲も低下することが多く、苦しくて横たわれなくなることもあります。このような状況では命にかかわる危険性も高いので、入院治療が必要となるかもしれません。
原因は?

病原体の感染によるものと、誤嚥が代表的です。
感染症
①細菌感染
原因菌にはマイコプラズマや肺炎球菌があります。ケンネルコフ(犬伝染性気管気管支炎)の原因として多いボルデテラ菌(Bordetella bronchiseptica)の関与も考えられます。
実は、細菌感染だけが原因で肺炎になることは少なく、ウイルス感染や体力・抵抗力の低下、他の病気などその他の要因がきっかけで細菌性の肺炎が起こりやすくなると考えられています。
ウイルス感染
パラインフルエンザウイルスやアデノウイルスなどの感染で呼吸器症状が起こります。
これらのウイルスはケンネルコフの原因でもあり、風邪のような気管支炎が悪化して肺炎につながる恐れがあります。
真菌感染
真菌は、肺炎球菌のような細菌とは異なり、カビや酵母の仲間です。
アスペルギルスやクリプトコッカスなどの真菌が肺炎を引き起こすことがあります。犬ではブラストミセスやコクシジオイデスで肺症状が多いといわれています。
肺に結節(こぶ状の炎症所見)を作ったり、全身の臓器に症状が出ることがあり、長期治療が必要となる可能性があります。
寄生虫感染
トキソプラズマや肺吸虫などが肺炎を引き起こすこともあります。
細菌やウイルスと比較すると稀なパターンです。標準的な肺炎の治療を行ってもなかなか治らない場合は寄生虫の関与を疑って検査、治療を行うこともあります。
誤嚥性肺炎
食事や吐物などを飲み込む際に誤って気道に入ると、激しい肺の炎症が起こります。通常、喉の機能が正常であれば反射によって異物はむせて出されるので、誤嚥が起こることは稀ですが、持病があると誤嚥が起こりやすくなります。誤嚥物が細菌感染を誘発し、複合的な原因の肺炎にいたることもあります。
かかりやすい犬種・特徴などはある?

細菌やウイルス感染の場合は抵抗力の弱い子犬で問題になりやすく、誤嚥性肺炎は基礎疾患のある老齢犬で発生しやすい傾向にあります。
感染性肺炎の高リスクがある犬は?
抵抗力の弱い子犬、免疫低下状態の犬が高リスクです。
マイコプラズマやパラインフルエンザウイルスなどによる肺炎は、ケンネルコフなどの気管支炎症状から悪化して起こることがあります。ケンネルコフは生後2~5ヶ月くらいの幼い犬で問題となりやすく、とくに家庭にお迎えしたばかりの時期で環境変化やストレスによって発症しやすくなります。
ケンネルコフは、元気と食欲があり軽度の咳であれば1~2週間ほどで落ち着くこともありますが、こじらせて肺炎にいたることもあります。咳症状が見られれば早めに受診し、早期治療を心がけましょう。
また、抗がん剤や免疫抑制剤を使用しているときには成犬でも細菌に対する抵抗力が落ち、環境中の常在菌によって肺炎が起こることがあります。細菌やウイルスだけではなく、真菌によるトラブルも起きやすいです。これらの薬剤の使用中はさまざまな感染症へ警戒が必要ですから、呼吸状態だけではなく、元気や食欲、熱っぽさ、うんちの状態なども観察し、変調があればすぐに動物病院へ連絡しましょう。
誤嚥性肺炎の高リスクがある犬は?
以下のような基礎疾患がある犬では誤嚥が起こりやすくなります。
- 巨大食道症や食道炎
- 慢性、頻回の嘔吐
- 重度の甲状腺機能低下症
- 神経や筋肉の疾患(麻痺、重症筋無力症など)
- 寝たきり、食事介助が必要な犬
いずれも喉の動きや反射がうまくいかなくなるような病気です。これらの持病があるときは、食後や嘔吐後の呼吸状態の悪化に警戒が必要です。
「嘔吐した後、急に呼吸状態が悪化し、ゼエゼエして苦しそう」というときは、誤嚥性肺炎の疑いがあります。早急な対応が必要ですから、できる限り早く動物病院で診察を受けましょう。
治療法は?

動物病院での治療
原因がいずれの場合でも細菌感染を併発する恐れがあるので、抗生物質を使用することが多いです。
呼吸困難症状で低酸素状態に陥ると苦しくなってしまうので、酸素吸入も行われます。酸素室では通常の空気よりも酸素濃度を2倍程度に高めることも可能です。
咳を減らして呼吸を楽にするため、気管支拡張剤も使用されます。内服薬もありますし、霧状にした薬を吸いこんで直接肺に薬を届けるネブライザーという方法が使われることもあります。
咳こんでいると体力の消耗や食欲低下につながるため、咳を抑える治療が行われる場合もあります。
中枢(脳)に働きかけて咳の反射を抑える鎮咳薬もあり、発作に近い連続する咳には鎮咳薬が有効なこともあります。しかし、咳の原因によっては、無理やり咳を止めると肺に病原体をため込む状況を作ると考え、咳止めの使用は慎重に判断するケースもあります。
自宅でのケア
肺炎が重度で、呼吸困難や低酸素状態がみられるときは、酸素吸入のために入院治療が必要となることが多いですが、初期の呼吸器疾患や回復期では、自宅で治療を行うこともあります。
感染症に対する薬や気管支拡張剤を内服させながら、安静に過ごさせます。
運動や興奮は呼吸状態の悪化を招きやすいので、できる限りケージやサークル内でリラックスして過ごせるようにしましょう。
また、空気の乾燥や寒冷刺激は、気道を刺激したり抵抗力を低下させるので、部屋は加湿して、あたたかく過ごせるようにします。加熱して湯気を出すスチームタイプの加湿器は衛生的に加湿しやすく、保温効果も得られます。すぐに加湿器が入手できない場合は洗濯物を部屋干しする方法でもよいでしょう。
治療費の目安は?
入院治療となった場合は高額な傾向にあります。
胸部のレントゲンや血液検査の結果から肺炎と診断され、呼吸困難の症状があるときは、入院が必要となる ことが多いでしょう。
肺炎は命にかかわることも多いので、積極的な治療が行われます。酸素室の使用や一日複数回のネブライザー、静脈投与での抗生物質使用、治療の評価のためのレントゲン撮影など、必要な処置も多くなります。回復には最短でも数日程度かかるかもしれません。1週間入院すれば10万円以上かかることも珍しくないでしょう。とくに大型犬では酸素の使用量や入院の基本料の関係で、より高額になると考えられます。
予防法は?

ケンネルコフのような呼吸器の感染症を肺炎に悪化させないこと、誤嚥性肺炎の予防が有効です。
風邪症状の悪化を防ぐ方法
・ワクチンを接種する
ワクチンは全ての病原体に有効なわけではないのですが、犬パラインフルエンザウイルス、犬アデノウイルスには有効なワクチンがあります。ワクチンを接種していても感染、発症することはありますが、未接種の場合と比べると重症化するリスクを減らせます。
スケジュール通りに予防接種を受けるよう心がけましょう。
・ケンネルコフなどを悪化させない
咳やくしゃみが出ている、元気や食欲がないといった初期の症状の時点で、動物病院で診察を受けましょう。とくに家庭にお迎えしたての子犬は体調を崩しやすく、新しい環境での緊張やストレスから体力を消耗し悪化してしまう恐れもあります。
・新鮮な空気、加湿、保温
犬のいる部屋の空気は、1日最低1回は外気を取り入れて換気しましょう。締め切った空間ではカビやホコリがこもりやすく、不衛生になりがちです。
乾燥した空気は気道に負担をかけ刺激となりますから、湿度は50~60%程度を目安に加湿しましょう。
冷えるとストレスホルモンによって抵抗力が低下するので、空調で加温したり、ベッドや毛布類であたたかく過ごせるようにします。犬がいる床付近はとくに冷気が溜まりやすいです。人間が素足で過ごして寒いと感じるときは、暖房類を使ってあげるとよいでしょう。
・誤嚥性肺炎の予防方法
巨大食道症などがあって飲み込みがうまくできない場合は、フード皿の高さを見直しましょう。高さがあるタイプや台を使って、食器の位置を犬の胸くらいまで高くすることで、吐出を防ぎます。持病があり食後に吐きやすい犬の場合は、30分ほど抱っこして、食べ物が下へ降りやすい姿勢を保持してあげるのもよいでしょう。
寝たきりの場合や流動食の食事介助が必要な場合は、かならず身体を起こして与えます。自力で飲み込むのが難しい場合は無理に口に押し込むことはせず、カテーテル(※医療用の細い管のこと)での栄養補給など、安全な方法をかかりつけ医に相談しましょう。
早期発見、早期治療を
肺炎は命にかかわることも多い症状です。急激に悪化することも多く、自宅で経過観察しているうちに重症化することもあります。咳や苦しそうな呼吸が見られる場合は早めに動物病院を受診し、肺炎症状に進行する前に治療を受けるようにしましょう。
