首をかしげて不思議そうにしている猫

猫には内分泌疾患、いわゆるホルモンの分泌に異常をきたした結果不調を生じる病気があります。あるものは必要以上にホルモンが分泌するもの、逆に分泌する機能が低下してしまうものもあります。甲状腺は、甲状腺ホルモンと呼ばれるホルモンを分泌する器官です。この甲状腺の機能が何らかの理由で抑制がかかり、食欲や元気の低下などに影響が現れる病気を「甲状腺機能低下症」といいます。今回は猫の甲状腺機能低下症について説明します。

猫の「甲状腺機能低下症」って?

上目遣いの猫

甲状腺機能低下症について紹介する前に、まず甲状腺とはどのような役割を果たしているのかを説明しましょう。甲状腺は、頸部のおなか側にあるおよそ2~3センチくらいの細長い形をしたもので、気管軟骨の両脇にあります。ここでは、主に甲状腺ホルモンが産生されています。甲状腺ホルモンは、主に生命活動を行う上で必要な代謝を促す働きをします。具体的には、カロリーの燃焼促進、体温の上昇、成長の促進、心拍数の増加、皮膚の修復などです。こうした働きを持つホルモンが何らかの理由によって分泌量が低下した状態となる疾患が、甲状腺機能低下症と呼ばれるものです。

そのまったく反対の、甲状腺ホルモンが過剰に分泌する「甲状腺機能亢進症」と呼ばれる疾患もあります。実はこちらの方が、猫の場合圧倒的に多くを占めます。こちらは、高齢になると発症するリスクが高まり、10歳以上ではおよそ1割程度が甲状腺の機能が過剰な状態となっているという報告があります。対する猫の甲状腺機能低下症は、発生頻度でいうと非常にまれな疾患です。犬では、高齢犬とりわけ大型犬で甲状腺機能低下症が多く発症することと比較すると、非常に対照的です。

「甲状腺機能低下症」の原因は?

この甲状腺機能低下症ですが、絶対的な発生数が少ないため、特徴的な原因について不明なところがあるものの、自然発生する例は少ないとされています。腫瘍、ヨード欠乏症、先天性疾患(甲状腺の異常)によって引き起こされることもありますが、甲状腺機能亢進症(甲状腺機能亢進症)の治療として手術やヨウ素療法を受けた猫でも見られることがあります。先ほど甲状腺機能亢進症の発症例が非常に多いと述べましたが、その治療の中で甲状腺の部分的切除と呼ばれる外科的処置を行うことが治療手段の一つに挙げられます。この際、摘出したことにより、日々生活するために必要とされる甲状腺分泌量を下回ってしまうことがあります。

また、内科治療でも甲状腺ホルモンの分泌を抑制するお薬を服用することがありますが、これが効きすぎることによって誘発されるということもあります。これらは、いわゆる二次的に発生した甲状腺機能低下症となります。発症が見られる年齢は、9割以上が中高齢以上となっています。

「甲状腺機能低下症」の症状は?

甲状腺ホルモンは代謝に必要とされる身体の活動を促す作用があります。このホルモン濃度が低下するので、元気や活力がなくなるような変化が現れます。ここでは、いくつかの特徴的な症状についてご紹介します。

体温が下がる

まず、症状の一つに体温の低下があります。通常、猫の体温は38℃台です。甲状腺機能低下症になると、平熱が38℃を切ることがあります。著しい低体温になることは稀ですが、他の猫と比べて温かさを感じにくくなるかもしれません。それに伴い、寒いところを好まなくなる傾向が強く出ます。

動きが鈍くなる

甲状腺ホルモンは、活動性や運動時に心拍数を上昇させるなどの働きを持っています。このホルモンが低下することで、以前と比べ動きの鈍さが出てくることがあります。どことなく元気がない、動きに「はつらつさ」が見られないといった変化が生じます。

体重増加

一見すると代謝が悪くなるのだから体重が減少するのでは?と思うかもしれませんが、甲状腺ホルモンは摂取した糖質やタンパク質、脂質といった栄養素をエネルギーに変換して、これをもとに熱産生やエネルギー消費をします。体内の甲状腺ホルモンが減少すると、エネルギーの消費が減少します。それほど過食にもならないのに体重は増加する、ただし筋肉量が増えるということではないので「ぶよぶよした」体型になる傾向にあります。

被毛の変化

犬の甲状腺機能低下症では、代謝能力の低下が原因で細胞の世代交代にも抑制がかかります。これに伴い、毛並みの悪化や、脱毛、皮脂によるべたつきがみられます。猫の場合も毛質が粗くなるほか、脱毛が生じることがあります。特に尾の脱毛は目立つ部分なので、すぐに目につきます。行動そのものが緩慢になることも影響し、自身で毛づくろいをする機会が減ると、毛並みはさらに悪化することがあります。

「甲状腺機能低下症」の診断・治療法は?

診察中の猫

甲状腺機能低下症の診断にあたっては、他の疾患と同様に聴診や触診、血液検査といった一般検査のほか、外観上の変化の確認、血液中の甲状腺ホルモン濃度の測定を行います。血中甲状腺ホルモン濃度は主にサイロキシンと呼ばれるホルモンを測定することで数値化されます。この値が低い場合、そして疑わしい症状が出ていれば、甲状腺機能低下症と診断します。まれに他の基礎疾患が原因で甲状腺機能に抑制をかけている場合もあるので、その際はその原因となる疾患があるかを精査します。

甲状腺機能低下症の治療は、主に甲状腺ホルモン製剤を服用することです。自身で甲状腺ホルモンを十分量産生できないことに由来していることが多いため、他の方法でこれを補う必要があるためです。このような理由で、多くの場合においてこの治療は長期、あるいは一生涯にわたって続ける必要があります。適切なホルモン補充をおこなうため、定期的な血中甲状腺ホルモン濃度の測定が必要です。過量な投与を行うと、逆に甲状腺機能亢進症の症状が現れることがあります。治療の際、獣医師から指示のあった用法と用量を守って治療を受けるよう心がけましょう。

「甲状腺機能低下症」の治療費はどのくらい?

甲状腺機能低下症の治療は長期にわたります。投薬を継続していくこと、そして適正な血中甲状腺機能ホルモン濃度であるかを定期的に検査するため、長期的な視点ではそれなりに費用が必要となります。アニコムが開示している通院1回あたり治療費の平均はおよそ10,000円程度、年平均の通院回数が2回となっています。ある程度症状やホルモン濃度が安定するまでは、通院間隔が短くなることがあります。

【関連サイト】
甲状腺機能低下症 <猫>|みんなのどうぶつ病気大百科

「甲状腺機能低下症」の予防法はある?

陽だまりの猫

猫の甲状腺機能低下症を予防する手段ですが、有効かつ確実な予防方法はありません。大原則となるのは、早期の発見とそれに伴う適切な対応です。そのため、被毛や皮膚の状態、食欲や体重の変化などを日頃からチェックしておくとよいでしょう。

また、食欲の低下や活動性の低下というのはこの甲状腺機能低下症だけに現れる変化ではありません。他の疾患の可能性も考慮しておく必要があります。適切な診断を行うためにも、何か異常が見られたら獣医師に早期に診察してもらいましょう。日々一緒に暮らしていると、わずかな変化に気づきにくいこともあるので、定期的な健康診断を受けることもおすすめします。

まとめ

甲状腺機能低下症は、猫では発生頻度が低く、むしろ甲状腺機能亢進症のほうが多いのが実情です。とはいえ、甲状腺機能亢進症の治療によって低下症に至るケースもありえます。猫の活動性が鈍くなり、体温が低い、にもかかわらずそれほど体重減少が生じるほどでもないといった場合は、甲状腺機能低下症になっている可能性があります。
適切な血中甲状腺ホルモン濃度を維持できるよう、かかりつけの獣医師の指示のもと、健康的な生活が送れるよう支えてあげましょう。

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監修獣医師

増田国充

増田国充

北里大学を卒業し、2001年に獣医師免許取得。愛知県、静岡県内の動物病院勤務を経て、2007年にますだ動物クリニック開業。現在は、コンパニオンアニマルの診療に加え、鍼灸をはじめとした東洋医療科を重点的に行う。専門学校ルネサンス・ペット・アカデミー非常勤講師、国際中獣医学院日本校事務局長、日本ペット中医学研究会学術委員、日本ペットマッサージ協会理事など。趣味は旅行、目標は気象予報ができる獣医師。