猫の歯は基本的に上下1列ずつですが、たまに重なって生えている子が存在します。その場合は『乳歯遺残』といって、病的な状態かもしれません。乳歯が残っていても、若いうちは元気で食事も食べられることがほとんどですが、口腔内トラブルのリスクが高くなるため、シニア期になってから問題が出る可能性もあります。
歯周病から痛みや食欲不振につながる恐れもあるので、子猫のときから口中の健康チェックをしましょう。

乳歯遺残の原因は?

乳歯が抜ける前に永久歯が生えてきてしまう

乳歯遺残とは、抜けるはずの乳歯が残ったままになっている状態のことです。猫の乳歯はおおむね生後6ヶ月ごろまでに永久歯へ生え変わります。通常、その場所の乳歯が抜けてから永久歯が生えてくるため、同じ位置の乳歯が永久歯と同時に生えている場合は乳歯遺残と判断されます。

混合歯列と乳歯遺残の違いは?

あくびする子猫

乳歯は同時期に全部抜けるわけではなく、それぞれ異なるタイミングで抜けて生え変わっていくので、生後4~6ヶ月ごろでは、乳歯と永久歯が混在して生えています。このように、生え変わり途中で口腔内に乳歯と永久歯が同時に存在する状態を「混合歯列」といいます。こちらは乳歯遺残とは異なり、成長過程で見られる正常なものです。

少しわかりづらいので、乳歯遺残と混合歯列の違いを、電車の長椅子にたとえてイメージしてみましょう。

  • 大人の膝の上に子どもが座って、1人分の座席に2人座り、合計人数が定員オーバーしている ⇒乳歯遺残(異常)
  • 大人に混じって子どもも並んで座っているが、1席あたり1人を守れている ⇒混合歯列(正常、成長途中)

定員オーバー状態の乳歯遺残は、正常ではありません。噛み合わせや歯肉の健康に悪影響を及ぼすこともあるので、原則的に治療が必要になります。

抜けた乳歯を拾ったことがなければ、乳歯遺残?

猫は抜けた乳歯を吐き出さずに飲み込むことが多いです。飲み込んだ乳歯は消化されて便にも出てこないことがほとんどなので、見たことがない方も多いかもしれませんね。抜けた乳歯が見つからない場合は、食べてしまっただけとも考えられます。乳歯遺残が心配なときは、動物病院で口の中を見てもらいましょう。
おおむね生後6ヶ月頃が歯の生え代わりのチェックの適期ですが、それ以前の段階で歯が重なって生えているのを見つけたときは、気づき次第早めに診察を受けると安心です。

どんな症状になる?

噛みつく猫

不正咬合になりやすい

永久歯が生える妨げとなるので、かみ合わせが悪くなる「不正咬合」が起きる場合があります。また、本来とは異なる位置や方向に生えた永久歯が歯茎を刺激して、痛みや炎症の原因になる場合もあります。

歯周病の原因をつくりやすい

歯が混み合って生えるので汚れが溜まりやすく、歯垢が付きやすくなります。歯の汚れである「歯垢」は、口腔内の細菌が混じって固まると、歯磨きでは落とすことが困難な「歯石」になります。重度の歯石は生臭い口臭の原因になるばかりか、歯周病を引き起こし、全身麻酔下での歯石除去が必要になることも。
歯周病は歯肉の退縮や歯の喪失、細菌感染を起こすほか、口の痛みでドライフードを食べられなくなる場合もあるので、若いうちからの口腔ケアが大切です。

乳歯遺残があったら、どんな治療をする?治療費は?

診察を受ける猫

まだ幼い猫でしたら自然に脱落するのを待って経過観察する場合もありますが、基本的には乳歯遺残が見つかった時点で抜去を計画するのが望ましいです。

全身麻酔をして行う

安全を確保して確実に処置を行うため、猫の歯の処置には原則的に全身麻酔が必要です。
乳歯遺残の診断がつく時期は、だいたい生後6ヶ月から1歳ごろ。ちょうど避妊や去勢手術の実施適期に重なるので、乳歯抜歯を不妊手術と同時に行うこともあります。同時手術のメリットは、全身麻酔が一度で済むことです。
ただし、抜去する歯の本数が多い場合や、複雑な処置を要する場合、短時間の麻酔処置が必要と判断された場合などは、口腔内の処置をほかの手術とは日を分けて行うことがあります。
また、持病がある場合は全身麻酔のリスクが高まる場合があります。乳歯遺残での抜歯は比較的緊急度の低い手術となりますから、健康状態によっては延期されることもあります。治療中の病気や術前検査での異常がある場合は、実施の可否や手術時期を相談しましょう。

どんな手術をするの?

残っている乳歯を歯根ごと抜去します。
軽く引っ張ってすぐ抜ける場合は比較的簡便に手術が終わりますが、固着して残っている場合は、歯茎の切開や歯肉弁を形成するフラップ処置が必要になることもあります。犬歯(とがっている歯)や前臼歯(奥歯)は切歯(前歯)と比べると根がしっかりしており、切開や縫合が必要になることが多いです。

治療費は?

抜歯処置そのものの費用のほかにも必要な費用があります。全身麻酔のリスク評価をするための術前検査や、口腔の状態を把握するためのレントゲン検査、全身麻酔、抗生物質や痛み止めの費用などがあります。
動物病院の診療費は自由診療なので、病院ごとに料金体系が異なります。
手術ごとに包括的に料金が決まっている場合もあれば、採血処置や点滴料、かかった麻酔時間の分数ごとなどひとつひとつの料金が積みあがって総額が決定される場合もあります。

抜歯処置そのものの費用ですが、こちらはどうぶつの状態によって大きく変わります。
動物病院によっては、手術前に費用の概算見積もりを飼い主さんにお伝えしているところもありますが、歯の処置に関しては費用の正確な予測が難しい場合も多いです。

抜歯術は歯の状態によって、術式や難度、必要時間が大きく変わります。
手術前に詳細な状態がわかれば、必要な処置も予測でき、手術費用の見積もりも立てやすいのですが、どうぶつの多くは無麻酔では口の中を見せてくれません。
乳歯が動くかどうかや奥歯の状況などは、麻酔をかけて初めてわかることも多いので、手術後に費用が確定するということもあります。

アニコムのグループ病院での乳歯抜歯料金の平均は約2,400円で、これに、麻酔管理や基本の手術料がプラスされます。

乳歯の本数や必要処置によっては高額になることもあるので、手術費はゆとりをもって用意しておきましょう。

治療をしないとどうなる?

ぐったりしている猫

不正咬合を起こして、切歯(前歯)の永久歯が喉奥側に生えたり、犬歯が斜めに飛び出して生えたりします。槍状に突き出した犬歯は口唇を傷つけることがあります。
どうぶつの歯列矯正は難しいので、対症療法的に永久歯を抜かなければならない場合もあります。乳歯と比べると永久歯は大きくしっかりしているので、歯茎の切開を要する傾向にあります。

また、乳歯が残ったままになっていると、歯石が付きやすくなり、歯周病のリスクが高まります。丁寧な歯磨きでケアをすれば歯周病のリスクは下げられますが、猫の歯磨きは嫌がられることも多いです。歯周病によって歯を失ってしまうと、やわらかいものしか食べられなくなってしまうこともあります。
「歯周病になってしまってから歯石除去や抜歯をすればいいのでは?」という考え方は要注意です。多くの場合、歯周病が問題となるのはシニアになってから。歯周病が顕在化する頃には、他の病気も患い、全身麻酔が難しくなることもあります。

歯がなくても缶詰などで栄養摂取は可能ですが、カリカリのドライフードの噛みごたえを楽しんだり、おもちゃをかじって遊ぶのが好きな子もいます。
生活の質を維持する観点からも早期に対処して、できる限り健康な歯を残せるといいですね。

予防方法はある?

おもちゃで遊ぶ猫

乳歯遺残は生まれつきの形質が大きく関与していると考えられます。そのため、乳歯遺残を防ぐ根本的な予防はなかなか難しいのが現状です。
乳歯遺残で直接的に健康問題となるのは、永久歯が不適切な位置・方向に生えることと、歯垢・歯石がつきやすくなることです。
したがって、乳歯遺残に気づき次第、早期に抜去して永久歯への影響を最小限にとどめること、歯磨きによって口腔内をケアすることは有効と考えられます。

噛んで遊べるおもちゃは役に立つ?

「乳歯を抜けやすくなるために、固いものを噛ませればいいのでは?」というアイディアもありますね。
たしかに、歯が生え変わる時期の生後6ヶ月頃までの猫は、いろんなものをかじって遊ぶ行動が盛んに見られます。成長途中での抜けそうな乳歯には、固いおもちゃ類は良い刺激となりそうですが、永久歯が生えても乳歯遺残している病的な状態には、劇的な効き目を期待するのは難しいと考えられます。

しかし、噛むおもちゃは、猫にとってまったく無意味というわけではありません。心身の発達や噛み癖対策には十分役立ちます。

歯の生え変わる生後6ヶ月頃までは、遊びを通じた運動や社会的な勉強を通じて、自力で狩りを行うための学習期間です。口腔を通した触知や噛む刺激は、精神的、肉体的な発達にも良い影響を与えると考えられます。

噛んで遊べるおもちゃは、噛みたい欲求を晴らし、ストレス解消の助けになります。
「おもちゃをよく噛めば、生えかわりを促せる・乳歯遺残が予防できる」とまで述べるには根拠が不足しますが、猫の健康的な生活習慣や噛み癖などの問題行動の予防には役立つので、ぜひ安全なおもちゃを用意してあげるといいでしょう。
固いゴム製の起き上がりこぼしや、飲み込む恐れのないサイズのぬいぐるみなど、さまざまな材質が楽しめるものを用意してあげるといいですね。

まとめ

くっつく2頭の猫

乳歯はいつかかならず抜けるものと誤解して油断しがちです。同型の乳歯と永久歯が同時に生え、歯が重複している状態は、その時点で異常な状態です。様子を見ているうちに不正咬合が進んでしまうこともあるので、歯が重なっているかなと思ったら、早めに動物病院で確認してもらいましょう。

病気になる前に…

病気はいつわが子の身にふりかかるかわかりません。万が一、病気になってしまっても、納得のいく治療をしてあげるために、ペット保険への加入を検討してみるのもよいかもしれません。

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監修獣医師

中道瑞葉

中道瑞葉

2013年、酪農学園大学獣医学科卒。動物介在教育・療法学会、日本獣医動物行動研究会所属。卒後は都内動物病院で犬、猫のほか、ハムスターやチンチラなどのエキゾチックアニマルも診療。現在は、アニコム損保のどうぶつホットライン等で健康相談業務を行っている。一緒に暮らしていたうさぎを斜頸・過長歯にさせてしまった幼い時の苦い経験から、病気の予防を目標に活動中。モットーは「家庭内でいますぐできる、ささやかでも具体的なケア」。愛亀は暴れん坊のカブトニオイガメ。