猫コロナウイルスは、日本でも多くの猫が保有しているウイルスです。病原性は低く、症状は多くの場合認められないか、治療をしなくても治る軽い下痢です。
しかし、注意しておきたいのは、猫コロナウイルスに感染した猫のうち、少数が「猫伝染性腹膜炎」という重い病気を発症するということです。
猫伝染性腹膜炎の診断は複雑で、今までは有効な治療法がなく、発症するとほとんどの猫が亡くなってしまう致死的な病気でした。しかし、ここ2~3年で治療が大きく発展し、研究によって、「抗ウイルス薬」という種類の薬が、猫伝染性腹膜炎の治療に効果があるということが示されました。研究によれば、再発例は少なく多くの猫が治療後2~3年間健康でいることから、抗ウイルス薬による治療で完治できる可能性があると考えられています。
日本では主に、輸入品の動物用抗ウイルス薬(オーストラリアとイギリスで猫伝染性腹膜炎の治療薬として認可された「レムデシベル」と「GS-441524」)や、人用の抗ウイルス薬(新型コロナウイルス感染症に対して日本で認可された人用の「レムデシベル」)などが使用可能で、実際に動物病院で治療に用いられ始めています
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猫コロナウイルスって何?
猫コロナウイルス(Feline coronavirus: FCoV)は、コロナウイルス科というグループに分類されるウイルスで、猫にのみ感染します。
コロナウイルスには、犬や猫、鳥類に感染するものなど、様々な種類が確認されていて、上部気道や腸に感染するものが多いと考えられています。コロナウイルスには、2003年に東南アジアを中心に人に猛威を振るったSARSコロナウイルスや、2019年以降パンデミックを引き起こしたSARSコロナウイルス-2(新型コロナウイルス感染症)がありますが、これらは猫コロナウイルスと同じものではありません。
猫コロナウイルスは、猫の腸に感染するコロナウイルスです。通常はあまり目立った症状を引き起こしませんが、猫コロナウイルスが体内で突然変異し、猫の免疫が特定の方法で反応すると、猫伝染性腹膜炎という重篤な病気を発症すると考えられています。なお、この2つのウイルスは非常に似ているため、検査で区別することは困難です。
猫コロナウイルスの感染経路は?
通常の猫コロナウイルスは、感染力が強く、感染猫の糞便や唾液中に排出されたウイルスが口や鼻を介して他の猫に容易に感染します。
一方、突然変異して猫伝染性腹膜炎を起こすようになった猫コロナウイルスの感染力は弱くなっていて、一般的にこのウイルスが他の猫にうつることはないと考えられています。
猫伝染性腹膜炎の症状は?
猫伝染性腹膜炎を起こすウイルスは、腸にとどまらず全身に広がるため、侵された臓器により様々な症状を引き起こします。主な初期症状は、発熱や食欲低下など、あいまいな症状です。病気がすすむにつれ、症状が重篤になったり、他にもいろいろな症状が現れてきます。
猫伝染性腹膜炎は、症状によって、「ウェットタイプ(滲出型)」と「ドライタイプ(非進出型)」の2つに区別されてきましたが、実際には両方の症状が認められる場合もあります。
① ウェットタイプ(滲出型)
感染した猫の大部分が、「ウェットタイプ」の症状を示します。体重減少・元気減退・発熱等の症状とともに、腹膜(胃や肝臓など臓器の表面とそれらの臓器がおさまっている腹腔を包んでいる膜)に炎症が起こり、文字通りお腹や胸に水が溜まり(お腹に溜まった場合は腹水、胸に溜まった場合は胸水と呼ばれます)、腹水や胸水が肺を圧迫することにより呼吸困難などの症状を起こします。
②ドライタイプ(非進出型)
体重減少・元気減退・発熱等の症状とともに、眼にぶどう膜炎などの炎症症状が見られたり、脳内に炎症を起こして、麻痺やケイレンなどの神経症状が見られたりします。その他、腎臓や肝臓・腸にも異常が現れることがあります。ウェットタイプに比べ、やや慢性的な経過をたどる傾向があります。
猫コロナウイルスの検査・費用は?
猫コロナウイルスの感染の有無を調べるには、血液中の猫コロナウイルス抗体を調べたり、糞便中の猫コロナウイルスを検出する遺伝子検査(PCR検査)を実施します。いずれも、院内検査ではなく、血液や糞便などを検査センターへ送って検査をします。検査費用は、抗体価検査で1万円前後、遺伝子検査で7千円から1万5千円程度です。
これらの検査では、今までに猫コロナウイルスに感染したことがあるかどうかがわかります。猫伝染性腹膜炎を発症したかどうかを判断するための検査ではありません。
もし、猫の具合が悪く、猫伝染性腹膜炎の発症が疑われる場合には、血液検査、画像検査、細胞検査、コロナウイルスの遺伝子検査などを行い、症状とあわせて総合的に診断していくことになります。猫伝染性腹膜炎の診断は非常に難しく、生前に診断がつけられない場合もあります。
日本獣医師会の調査(令和5年度)で一般的な血液検査は、3,000円から10,00円程度、糞便検査は、1,000円から2,000円程度が回答数の多い金額帯でした。
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猫コロナウイルスに感染したときの治療方法は?
前述のとおり、猫コロナウイルスに感染しても無症状であることがほとんどですが、なかには下痢が続いてしまう場合や、残念ながら猫伝染性腹膜炎を発症してしまうことがあります。一般的な猫コロナウイルスの症状なのか、猫伝染性腹膜炎を発症しているかどうかで、治療法は大きく異なります。
かかりやすい年齢は?
猫コロナウイルスは、年齢にかかわらず猫から猫へ容易に感染しますが、そのほとんどは無症状です。
猫伝染性腹膜炎の発症は、2歳齢未満、特に3ヶ月~16ヶ月齢未満で多いことが明らかになっています。また、高齢の猫でも発症することがあります。猫伝染性腹膜炎の発症には、環境のストレスなどが関わっていると考えられています。多頭飼育下で猫伝染性腹膜炎が発生した場合には、その集団での発生率は高くなることが知られています。
主な治療方法は?費用はどれくらい?
通常の猫コロナウイルスに関しては、それだけが原因で重篤な症状を引き起こすことはあまりありません。他の疾患の有無や、下痢などの症状に合わせ、薬の投与や点滴、食餌療法などの対症療法を行います。
猫伝染性腹膜炎に関しては、以前は有効な治療法がなく、インターフェロンや抗生物質、抗炎症剤等の投与と併せて、症状により胸水や腹水の抜去、栄養保持などの対症療法を行っていました。しかし、ここ2~3年で治療法は大きく発展し、抗ウイルス薬による治療が行われるようになりました。2020年から2021年にかけて、オーストラリアとイギリスで「レムデシビル」(注射薬)や「GS-441524」(飲み薬)が動物専用の医薬品として認可され、日本でも輸入できるようになりました。また、日本で人の新型コロナウイルス感染症治療薬としてレムデシビル(注射薬)が承認されていて、猫伝染性腹膜炎の治療に用いることができます。
現在、国際猫医学会(International Society of Feline Medicine:ISFM)で推奨されている治療法は、レムデシベルやGS-441524を用いた84日間の治療プログラムです。使用する薬剤や投与量、入院が必要かどうか等は、その猫にあった方法を選びます。注射薬であるレムデシベルは飲み薬が飲めない重い症状の猫に用いられたりします。治療してもよくならない場合などには、投与量を増やすこともあります。
なお、輸入薬を使用するなどの理由で、治療費は高額になるケースが少なくありません。一概にいくらと示すことが難しいため、気になる場合は、担当の獣医師に問い合わせてみましょう。
猫伝染性腹膜炎の治療薬は、レムデシビルやGS-441524の他にも、モヌルピラビルなど他の抗ウイルス薬も研究がおこなわれています。研究データが蓄積すれば、今後、現在推奨されている治療方法がアップデートされていく可能性もあるでしょう。
猫コロナウイルスに感染して完治する?
病原性の低い通常の猫コロナウイルスの症状は一過性です。
猫伝染性腹膜炎は、以前は致死的な病気でしたが、治療法が発展したことで、状況は大きく変わってきています。近年の研究では、レムデシビルやGS-441524で治療した猫の8割以上が元気になり、治療後2~3年たっても元気に過ごしているといった報告がされています。しかし、残念ながら治療しても良くならなかったり、再発してしまったりした猫もいたようです。今後のさらなる研究と、治療法の発展が期待されています。
猫コロナウイルスはワクチンで予防できる?
現在のところ、日本には猫コロナウイルスの感染を予防する効果的なワクチンはありません。
猫コロナウイルスを予防するには?
猫コロナウイルスは、猫から猫へ容易に感染するため、感染猫との接触を避けることが予防になります。猫コロナウイルスは多くの猫が保有しているため、猫を屋外へ出すことは控え、新たに同居猫を迎える場合には事前に検査を受けて陰性である(感染がない)ことを確認することが望ましいです。
飼い主ができる予防法は?
前述のとおり、感染猫と接触させないことが大切です。しかし、多くの猫が無症状で、知らないうちに保有しているウイルスであるため、保護猫などでは、健康診断で実施した検査で猫コロナウイルスの感染が確認されることもあります。
抗体価が高いからといって、必ずしも猫伝染性腹膜炎を発症するというわけではありません。抗体価は、猫伝染性腹膜炎を発症して高い状態を維持することもある一方で、感染初期などに一過性に上がり、その後、下がることもあります。
猫伝染性腹膜炎を発症するメカニズムは明らかになっていません。ストレスや、免疫異常の疾患の関与が考えられているため、感染症予防の観点からも完全室内飼育を行い、できるだけストレスが少ない飼育環境を整えてあげましょう。
猫コロナウイルスの消毒はできる?
猫コロナウイルスは、猫のからだの外では非常に不安定であり、台所用洗剤などで容易に消毒できます。また、室温では数分から数時間で感染力を失います。
そのため、環境の消毒に特殊な消毒薬などは不要です。しかし、猫同士の接触や、人を介しての接触で容易に感染が成立するため注意が必要です。
猫コロナウイルスに感染した猫に触ったとき
感染が疑われる猫に触った後は、必ず手を洗ってから自宅の猫に触るようにしましょう。前述のとおり、ウイルス自体は猫の体外では数時間で感染力を失いますが、比較的時間が短い場合には注意しましょう。
感染が疑われる猫にたくさん触ってしまってから、すぐに自宅の猫に触れる必要がある場合には、できれば衣類も着替えて、状態によってはシャワーを浴びてから触るようにしましょう。
新型コロナウイルスは、猫から人に感染するの?
2020年1月頃から中国・武漢市(湖北省)を中心に蔓延している新型コロナウイルスですが、猫と人で感染は起きるのでしょうか?一部の報道やSNSでは、猫が感染源となっているという情報が流れ、中国国内では捨て猫が増えていたという情報もありました。
しかし、厚生労働省のHPによると『新型コロナウイルスがペットから人に感染した事例は報告されていません』とされており、2021年5月17日現在では、新型コロナウイルスが、猫と人の間で感染することはないようです。
新型コロナウイルスは、猫から猫へ感染する?
2020年5月13日、東京大学と米ウィスコンシン大学、国立国際医療研究センター、国立感染症研究所の共同研究チームが、ある研究結果を発表しました。それは「新型コロナウイルスが猫に感染すること」と「猫同士で感染すること」が認められたというものです。
この研究では、3頭の猫の鼻腔内に新型コロナウイルスを接種し、それぞれ同居猫にウイルスか伝播するかどうかを調べました。その結果、3ペアとも同居猫からも新型コロナウイルスが検出され、接触感染したことが確認されたのです。さらに新型コロナウイルスは、猫の呼吸器でよく増えるということも分かりました。
ただし、この猫たちは、いずれも無症状だったことが明らかになっています。またこの研究チームは、猫を感染から守るためにも、屋外に出さず室内飼育することが重要だとしています。
新型コロナウイルスと猫コロナウイルスは別物
感染症対策では、公的機関が発表する正しい情報にアクセスして、「正しく怖がる」ことが大切です。家族でもある猫を大事にするためにも、最新の情報を常に得るよう、心がけてください。
また、本記事で掲載している「猫コロナウイルス」と「新型コロナウイルス」は、異なるものです。本記事での猫コロナウイルスも、同様に人へ感染することは確認されていません。
【参考】
厚生労働省ホームページ
動物を飼育する方向けQ&A
新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)令和3年5月12日時点版
【関連リンク】
【ペットと暮らす方へ】新型コロナウイルス感染症の情報・対策まとめ|アニコム ユー
まとめ
猫コロナウイルスは多くの猫が無症状で保有しているウイルスで、そのごく一部が何らかの原因で突然変異を起こした場合に、猫伝染性腹膜炎を発症すると考えられています。そのため、健康診断などで猫コロナウイルスの抗体価が高いという結果であったとしても、必ずしも猫伝染性腹膜炎を発症するというわけではありません。
猫コロナウイルスは猫から猫へ容易に感染をします。
猫コロナウイルスの感染から守るために、感染猫との接触を避け、室内飼いに徹しましょう。また、この病気に限ったことではありませんが、ストレスのかからない快適な環境を作り、普段から健康管理に気を配ることも大切です。
病気になる前に…
病気は、いつわが子の身にふりかかるかわかりません。万が一、病気になってしまっても、納得のいく治療をしてあげるために、ペット保険への加入を検討してみるのもよいかもしれません。
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