
角膜は眼の表面にある、複数の層でできている透明な膜です。外傷や刺激物質、感染症、ドライアイなどの影響で角膜が傷つくと、角膜潰瘍という病気を起こします。
角膜の深層まで侵されると穴が開き、眼球内部の炎症や感染、視覚障害にいたることもある疾患です。
犬の角膜潰瘍とは?どんな病気?
角膜は透明なミルクレープのような構造をしていて、上から順に、角膜上皮層、角膜実質層、デスメ膜と呼ばれる層からなっています。これらの角膜層が欠損する病気が角膜潰瘍です。
角膜の病変の深さによって、角膜上皮びらん、角膜実質潰瘍、デスメ膜瘤、角膜穿孔(せんこう)と呼ばれます。深いほど痛みや症状は強くなり、感染の危険が高まります。
角膜上皮のみの軽度のびらん(※ただれている状態のこと)であれば、1~2週間ほどの点眼治療のみで治癒することもありますが、より深層の実質層が欠損を起こすと、手術が必要になる場合もあります。特に角膜全層に完全に穴があいてしまう角膜穿孔では、眼球内の細菌感染を起こす可能性が高く、緊急手術を要する場合もあります。
検査方法は?
角膜潰瘍が疑われる症例では、まず眼科検査を行います。
角膜の実質層を染色するフルオレセイン染色試験によって角膜の傷の有無や深さを確認し、眼科用観察器具で眼内の異常の有無を確認します。角膜表面の細胞や膿をマイクロブラシで採取して顕微鏡で観察して、細菌や炎症の状況を調べることもあります。
角膜潰瘍ではぶどう膜炎、前房蓄膿などを併発することがあるため、全体的な眼のチェックが行われます。
どんな症状?

眼を痛がって気にする症状が見られます。角膜潰瘍以外の眼科疾患でも似たような症状が出るため、眼科疾患の見分けは難しいです。
ある程度進行した角膜疾患では、眼の表面のへこみや穴、デスメ膜瘤のふくらみが肉眼でもわかることがあります。
眼の痛み
まぶたのけいれんは代表的な痛みのサインです。異常のある方の眼が閉じたままの状態になったり、気にして前足で眼をひっかこうとしたり、顔を床にこすりつけるしぐさが出ることもあります。強い痛みで顔や頭に触れられるのを嫌がることもあります。
流涙と目やに
涙や目やにが増えます。とくにカスタードクリーム状の膿んだ目やには感染が強く疑われる状態です。健康な犬でも赤茶色の少量の目やにや透明な涙、涙やけが見られることもありますが、同時に眼を痛がる様子あったり、普段よりも涙、目やにが増えたときは、眼科疾患の可能性があります。
眼の赤み
白目や眼のふち(結膜)が赤く充血します。傷ついた角膜は治ろうとする過程で血管が伸びてくるので、角膜に赤い血管が認められることもあります。
瞳孔が小さくなる
続けて起こるぶどう膜炎や眼の痛みの影響で、瞳孔が小さくなることがあります。縮瞳(しゅくどう)といいます。
瞳孔は明暗に応じて左右対称に大きさを変えるので、左右不対称な瞳孔サイズがみられるときは眼科トラブルが疑われます。異常のある眼の瞳孔が小さくなっている場合(角膜潰瘍やぶどう膜炎など)と、異常のある眼の瞳孔が大きくなっている場合(緑内障など)があるため、瞳孔サイズが左右不対称な場合は、両目の検査が必要です。
原因は?

外傷などの物理的な刺激、シャンプーのような化学薬品による刺激、ドライアイなどがあります。
外傷
ケガなどで角膜を傷つけてしまうケースで、よく見られます。結膜炎などのほかの眼科疾患が原因にあり、違和感から自分でこすって角膜を傷つける場合もあります。
以下のような原因もあります。
- 逆さまつ毛、まぶたの異常(眼瞼内反症/がんけんないはんしょう)
- 長い被毛が眼に入る(シー・ズーやヨークシャー・テリアなど)
- ケンカ傷(爪によるひっかき傷)
- 木の枝、ボトルタイプの給水器の先端など
化学薬品や熱
犬用のシャンプー、洗剤や漂白剤、たばこの灰などがあります。
顔周りのシャンプーはブルブルと顔を振ることが多いので、とくに注意が必要です。
これらの刺激物が眼に入ってしまったときは、すぐに流水で洗い流しましょう。
ドライアイ
角膜の乾燥も傷や潰瘍の原因となります。
乾性角結膜炎(KCS)と呼ばれる病気や、マイボーム腺の異常による涙液中の脂質不足などの体質で、角膜が乾きやすくなることがあります。
まぶたに試験紙を挟み込んで流涙量を測る検査(シルマー涙液量試験・STT)で、ドライアイの有無を調べることができます。
どんな犬種がなりやすい?

パグやフレンチ・ブルドッグなどは、眼球が大きく突出しているため、角膜を傷つけてしまうことが多いです。
また、眼をぶつけやすい持病があると、角膜の外傷はおこりやすくなります。
具体的には、白内障による視力低下(高齢や糖尿病の影響など)や、よろめきのある要介護犬、神経症状があり正常な歩行が難しい犬などでは、眼の外傷が起こりやすい傾向にあります。
治療法は?
治療法はどんなものがあるのでしょうか。
点眼治療
細菌感染を管理するための抗生物質と、うるおいを保って治癒を助けるヒアルロン酸の点眼が一般的です。
ぶどう膜炎を併発していたり、痛みが強い症例では、アトロピンや抗炎症剤の点眼薬も使用します。そのため、表層性角膜潰瘍であっても、複数種類の点眼薬を使用し、合計で1日に10回以上の点眼が必要になる場合もあります。
表層だけのびらんや軽い潰瘍の場合、1~2週間で改善する例もよくありますが、何らかの素因や基礎疾患があると時間がかかる場合もあります。
潰瘍が角膜実質より深層におよんでいたり、感染が強く疑われる症例では、頻回(30分おきなど)の点眼薬や内服での抗生物質や痛み止めが必要になる場合もあります。潰瘍の程度が重度の場合は、確実な点眼のために入院することもあります。
また、代替的な治療方法として、犬自身の血液から作成した血清を点眼する治療法もあります。血清点眼液には治癒を促進する生理活性物質や栄養が含まれているので、薬剤では補充できない成分を投与することができます。
血清点眼液は、治療を受ける犬の血液を無菌的に処理して作りますが、冷蔵保存が必要で、数日で使い切る必要があります。治療に使用する場合は、保存方法を含めて獣医師の指示を厳密に守りましょう。
角膜潰瘍は進行して穿孔(せんこう/穴が開くこと)を起こしたり、眼内への感染が生じることがあるため、治癒状況の確認が重要です。治療初期は毎日通院が必要になることもあるので、治療開始時に通院予定を獣医師に確認しておくとよいでしょう。
仕事などでやむを得ず点眼できない時間が生じたり、連日の通院が難しい場合は、状態が落ち着くまでは動物病院で預かってもらうことも検討してください。
外科的対応
デスメ膜瘤や角膜穿孔などの深層まで達している角膜潰瘍や、広範囲に病変が見られる場合は、点眼治療だけでは角膜の修復が見込めず、手術が必要になることもあります。
角膜の欠損部が大きいと治癒しにくいため、健康な部分の角膜や結膜などで蓋をするように外科的に他の物でかぶせ包みます。これにより新しく血管が作られて治癒しやすくするとともに、穿孔(せんこう/穴が開くこと)を防ぎます。しかし、細菌感染があり膿んでいる場合や、潰瘍が急激に進行している状態では、移植や被覆が行えない場合もあります。
角膜の上皮の構造に問題がある難治性の角膜潰瘍では、角膜表面の壊死組織を除去する処置や、点状に微細な切開創を作って治癒を促す手術が行われる場合もあります。
いずれの手術の場合でも、眼科の外科処置は微細な器具や専門的な技術を要するため、対応できる動物病院が限られます。
治療費はどれくらい?

軽度の角膜潰瘍で1~2週間ほどの治療を行う場合でも、眼科検査は初診時と再診で最低2回は行われるケースが多いと思います。2~4種類の点眼薬やエリザベスカラーの費用もかかるでしょう。
アニコム損保の保険金支払いのデータでは、通院1回あたりの診療費は約5、600円となっています。
しかし、点眼のための入院が必要な場合は、一日数千円ほどの入院費のほか、複数回の点眼処置やこまめな眼科検査、全身投与の抗生物質費用などもかかり、高額になると考えられます。
専門性の高い眼科の外科手術では手術費が十万円を超えて数十万円になる場合もあります。
進行してしまうと治療期間も長くなり、費用も高額になってしまうので、できるかぎり初期の違和感の時点で、すぐに通院するとよいでしょう。
「再生医療」という選択肢
「角膜潰瘍」の治療法のひとつとして、「再生医療」という選択肢もあります。「再生医療」とは「細胞」を用いて行う治療法です。方法は以下のとおり、とてもシンプルです。

この治療法は、本来、身体が持っている「修復機能」や「自己治癒力」を利用して、病気を治していくものです。手術などに比べると身体への負担が少ないことも大きな特徴です。
角膜は体表にある組織ということもあり、移植に臨みやすいことから、再生医療が期待されている分野です。
角膜潰瘍の原因のひとつである乾性角結膜炎(KCS)は、犬での再生医療が研究されています。臨床研究を行っている施設もあるので、該当する病状の場合は治験への参加を検討してもよいでしょう。
予防法は?

眼の外傷を防ぐ、シャンプーなどの液体の接触を防ぐ、ドライアイを適切に管理するなどが有効な予防となります。
眼の外傷予防
白内障をはじめとする眼科疾患で視力が低下していたり、正常な歩行や起立が難しい犬 は眼を傷つけやすいため、家庭内で気をつけてあげましょう。
散歩中は、木の枝やとがった草がある茂みには近づけないようにします。家の中では、ボトルタイプの給水器ではなくお皿でお水を与え、突出した装飾のある家具類を避けるなどしてあげるとよいでしょう。安全に過ごせる範囲を仕切ってあげるのもおすすめです。完全失明の場合は、エリザベスカラーで顔ごと守ってあげると安心です。
健康な犬では、どうぶつ同士のケンカ傷が原因になるケースが目立ちます。散歩中はリードを短く保ったり、犬同士を遊ばせるときは興奮が落ち着いた状態で慣れさせてからにするなど、咬傷事故を防ぎましょう。
猫と同居しているときは、お互いがよい距離を保てるよう、各自の安全な専用スペースを作ってあげたり、猫の爪を切って少しでも傷の深さを軽減できるようにしておくとよいでしょう。
シャンプー

原液が眼に入ると刺激が強いので、かならず薄めて泡立ててから使用しましょう。薄めた液体や泡もできる限り眼に入らないように注意します。エリザベスカラーを使用して、シャンプーは体だけに使用し、顔周りはお湯洗いで済ませるのも安全なケア方法です。
ドライアイのケア
持病にドライアイがある場合は、眼のうるおいを保ち、乾燥による損傷を防ぎます。人工涙液やヒアルロン酸のこまめな点眼や眼軟膏による乾燥予防が一般的な方法です。自己免疫疾患が関与してマイボーム腺に異常が起きている場合は、免疫抑制剤の入った眼軟膏を使用することで涙液量が復活し、ドライアイが落ち着くこともあります。
まとめ

角膜潰瘍は、犬の眼科疾患でよくみられる病気です。眼科疾患や体質がもとで発症することもあれば、健康な犬が眼をケガすることでも起こります。急激に悪化し、角膜に穴があいたり、眼球内に細菌感染を起こすこともあるので、眼を痛がる様子や角膜表面にへこみが見られたときは、すぐに動物病院を受診しましょう。
