近年猫の寿命が長くなるに伴い、病気で亡くなる猫の約1/3が「がん」で亡くなるとされています。がんの中でも多いのが「乳腺腫瘍」です。今回は猫の乳腺腫瘍について、どんな病気か、どんな治療をするのかについてお話しします。

乳腺腫瘍ってどんな病気なの?

猫の乳腺腫瘍は名前のとおり、乳腺にできるしこりのことです。猫の乳腺は左右4対、計8個ありますが、そのどれかひとつまたは複数ヶ所にしこりができます。このしこりが猫の身体に対して悪さをしなければ問題ないのですが、そのほとんどが悪性腫瘍、つまり「がん」です。

腫瘍が小さいうちに、リンパ節や身体の他の臓器に転移してしまう場合も多く、猫の命をおびやかします。さらに猫にできる腫瘍の中で、上位3番目に入るほど罹患率の高い腫瘍でもあります。

10歳以上の高齢の雌で多く見られますが、若齢〜中年齢の猫でも見られることがあり、またごく稀ですが雄にも発生することがあります。

乳腺腫瘍の原因は?

乳腺腫瘍の発生には、猫の身体から出るホルモンのバランスが大きく関わっていることがわかっています。中でも性周期に伴う性ホルモンの変動が乳腺に密接に関わっていて、とくに卵巣から分泌されるエストロジェンが、乳腺腫瘍の発生を促進するといわれています。

このことから、猫が1歳になるまでに不妊手術を行うことで乳腺腫瘍の発生率を約80~90%低下させることができ、逆に2歳以降に不妊手術を行っても、乳腺腫瘍の発生率を低下させる効果はないということがわかっています。

乳腺腫瘍の種類

猫に発生する乳腺腫瘍は、その内の約80%が「乳腺がん」といわれています。犬や人の乳腺腫瘍と比べても、がん(悪性腫瘍)である確率が非常に高い腫瘍です。

この他、約15%で乳腺の過形成が認められ、良性の乳腺腫は1%以下と稀です。乳腺の過形成は厳密には腫瘍とは異なり、外からの刺激を受けて乳腺の細胞が増殖してしこりとなっている状態です。

しかし、放っておくと後々乳腺がんに進行する可能性もあるので注意が必要です。

乳腺腫瘍の症状・治療法は?

乳腺腫瘍の初期は、猫は自覚症状を示さないことがほとんどです。しかしながら、それが悪性で乳腺がんであった場合、進行が早く、症状が現れない段階で他の部位に転移してしまう可能性があります。なるべく飼い主が早い段階で気付き、治療を行うことが重要です。

症状

初期の乳腺腫瘍は、皮膚の下に数ミリの大きさでできることが多く、見た目でしこりを見つけることは困難です。よく触ってみて初めてコリコリとした小さなしこりが確認できる程度です。

さらに、猫の乳腺腫瘍は約半数が多発するといわれているため、ひとつ見つけたら他の乳腺にもしこりがないか、しっかり確認する必要があります。この段階で猫に自覚症状はありませんが、腫瘍が進行して大きくなると皮膚を引っ張って盛り上がってくるため、猫は違和感を覚え、気にして舐める仕草が見られるようになります。

この状態を放っておくと腫瘍の表面が潰瘍化し、痛みを強く感じるようになります。そのため、元気がなくなったり食欲不振を示したりすることがあります。また乳腺がんの場合、転移のリスクが非常に高く、腫瘍を発見した時には、既に20~40%がリンパ節に転移しているといわれています。

特に脇にある腋窩リンパ節と股の辺りにある鼠径リンパ節あたりは、触ってみて腫れがないかよく観察しましょう。さらに進行すると、肺や内臓器、骨への転移が見られるようになります。

特に発生しやすい肺への転移では、呼吸が速い、息苦しそうなどの呼吸器症状が見られます。この場合、呼吸困難で急変し命を落とす危険性があるため、早急に動物病院を受診しましょう。

治療法

乳腺にしこりを見つけたら、なるべく早めに動物病院を受診し、腫瘍の大きさや、転移がないかなどをチェックして、治療方法を相談していきます。明らかな転移が認められない場合は、外科的に乳腺を切除する方法がその後の再発防止、根治のためには有効です。

かつ猫の乳腺はそれぞれリンパ管で繋がっており、リンパ管を介して転移する可能性が高いため、1ヶ所の乳腺に腫瘍があったとしても、片側もしくは両側の乳腺をすべて切除する方法が推奨されます。腫瘤を含む乳腺だけを部分的に切除する場合に対して、片側または両側で広範囲に乳腺を切除した場合では、手術後の生存期間に差がでたという報告もあります。

広い範囲の乳腺を切除する手術には抵抗がある方が多いですが、乳腺がんを根治できる可能性が高くなるため、猫にとってメリットの大きい治療法です。

リンパ節または他の臓器にすでに転移が認められていた場合は、乳腺がんが大きくなり自潰して猫が痛みなどで苦しまないよう、緩和的にがんの部分を含めた乳腺を切除する方法がとられる場合があります。

また、手術後に転移するリスクが高い場合や、全身状態の問題から全身麻酔をかけることができない場合などでは、緩和的に抗がん剤を用いた化学療法で腫瘍の進行を遅らせる治療を行うことがあります。

外科的な切除や化学療法を希望されない場合は、腫瘍の増殖を抑える効果は期待せず、猫の苦痛をなるべく穏やかにする消炎鎮痛剤の投与を行うこともあります。どの治療方法が猫に合っているか、獣医師とよく話し合い、納得した上で治療法を選びましょう。

乳腺腫瘍の治療費はどのくらい?

アニコム損保によると、猫の乳腺腫瘍の平均年間通院回数は3回程度で、通院1回あたりの平均単価 5,605円程度という調査結果がでています。最初の診察では主に腫瘍のタイプや猫の全身状態を把握するための検査費用がかかります。

その後の費用は、治療方針によって異なります。外科的な対応の場合は手術内容によりますが、手術費用や入院費含め10万円からそれ以上の費用がかかる可能性があります。また化学療法を行う場合、通常だと治療は数回におよびます。

猫の全身状態や副作用などに気をつけるため、血液検査などを行いながら治療を進めます。このため、1回の検査や治療費用として、2~3万円程度はかかる可能性があります。

乳腺腫瘍の予防法はある?

猫の乳腺がんは、1歳以下での不妊手術によって80~90%発生率を低下させる事ことがわかっており、早期の不妊手術が発症の予防につながる可能性があります。この情報は猫を飼育する前に知っておきたい知識であり、今後交配の予定がない場合には、早めに不妊手術を決断することをおすすめします。

気を付けたいこと

不妊手術を早期に行っていたとしても、乳腺腫瘍は完全に防げる疾患ではありません。しかしながら、まだ初期の小さいしこりを発見して、手術で摘出を行った場合には、根治を見込める可能性が高いといえます。

特に、しこりの大きさが2センチ以下で発見された場合の予後は、2センチ以上で見つけた場合と比べ、手術した後の生存期間に倍以上差が出るといわれています。しこりを見つけたときの大きさが小さければ小さいほど、予後が良い可能性があるのです。

動物病院では、猫は緊張や警戒から、お腹を診せるのを嫌がります。乳腺をじっくりチェックできるのは、いつも猫と一緒に生活し信頼されている飼い主です。お腹を触られるのが苦手な猫でも、マッサージをしてあげるなどして、日頃からスキンシップをとって慣らしてあげるのがおすすめです。そして、気になるしこりを見つけた場合には、なるべく早く動物病院を受診しましょう。

まとめ

人では40歳を過ぎると、マンモグラフィや乳腺超音波検査、触診など乳がんの早期発見のための検診が、2年に1回は推奨されています。猫はマンモグラフィや乳腺超音波検査はできませんが、しっかりと定期的に自宅でチェックをして、乳腺がんの早期発見につなげましょう。

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監修獣医師

溝口やよい

溝口やよい

日本獣医生命科学大学を卒業。2007年獣医師免許取得。埼玉県と東京都内の動物病院に勤務しながら大学で腫瘍の勉強をし、日本獣医がん学会腫瘍認定医2種取得。2016年より埼玉のワラビー動物病院に勤務。地域のホームドクターとして一次診療全般に従事。「ねこ医学会」に所属し、猫に優しく、より詳しい知識を育成する認定プログラム「CATvocate」を修了。毎年学会に参加し、猫が幸せに暮らせる勉強を続けている。2018年、長年連れ添った愛猫が闘病の末、天国へ旅立ち、現在猫ロス中。新たな出会いを待っている。