巨大食道症あるいは食道拡張症と呼ばれる病気があります。これは、犬で見かける消化器疾患としてあげられることがありますが、犬ほどではないにしても猫でも発症することが知られています。猫の場合、そもそもの発症例がそれほど多くないこともあり、不明な点がまだ多くあります。

愛猫が巨大食道症と診断された場合、どのような治療が行われるか?予防する方法はあるのか?治療に関連したコストがどれほどなのか?という点について解説します。

猫の「巨大食道症」ってどんな病気?

「食道が巨大化する」病気です。では、巨大化とはどのような状態を表すのか、本来の食道の機能について触れつつ解説します。

食道が拡がる

食道は、口からとりこんだ食物を胃へ送り込むための管状の構造物です。蠕動運動と呼ばれる動きをすることで、摂取したものを胃へ送っています。これは食物が逆流をしないようにするための機能でもあります。この蠕動運動は自律神経が関与しているため、自分の意志で動きを調整するものではありません。

また食道は他の消化管とは異なり、食道自身には栄養を吸収したり消化酵素を分泌したりする機能はありません。そのため食道自体は「ただの管状の構造物」と思われがちですが、摂食したものを滞りなく胃へ送り届けるために大いに活躍をしています。

この自律的な運動に関与しているのが、食道の壁内にある筋肉です。この筋肉の働きによって一定の収縮と弛緩(緩むこと)を繰り返しています。何らかの異常でこの食道の運動性が低下すると、食道が拡張することがあります。拡張する原因には、さまざまなことが考えられます。

「巨大食道症」の原因は何?

猫における巨大食道症の原因にはどのようなものがあるでしょうか?大きく分けると先天性のものと後天性のものがあります。先天的なものの原因として、食道の形成に問題が生じていることがありますが、これは稀なケースです。

犬では、右大動脈弓という、出生と同時に退化するはずの血管が残ってしまい、結果として食道拡張を招くという先天的な発症が知られています。猫ではこのような事例が多く見られることはありません。

後天的な発症要因には、神経や筋肉組織の機能低下や異常に起因するものがあげられます。具体的には、重症筋無力症(※)や神経毒性を伴う中毒、ホルモン疾患などです。慢性的な食道の炎症が起因して巨大食道症を併発する場合もあります。

※重症筋無力症:神経から筋肉への伝達がうまくいかず、筋肉に力が入らない状態

「巨大食道症」の症状は?

巨大食道症になった場合、どのような症状が現れるでしょうか?上記のような理由で、食道の平滑筋が十分な収縮を行うことができなくなると、食道が拡張します。併せて、食道の、食物を胃へ送るという機能が滞るため食道内に食物が残りやすくなります。これが常態化すると、食物の通過障害を起こし、普段目に見える症状として「吐き戻し」を起こします。

また、食物の停滞により食道粘膜にかかる負担が増し、これが食道炎を誘発してしまうことがあります。また食道に食物が停滞することで誤嚥(ごえん)を起こすリスクが高まり、肺炎を併発する場合もあります。

犬の巨大食道症では発症しやすい品種がいくつか存在しますが、猫では特定の品種でこの疾患が生じやすいということは判明していません。

吐き戻しってなに?嘔吐?吐出?

さきほど、「吐き戻し」という表現をしましたが、これは厳密には「嘔吐」ではありません。獣医学的には「吐出」といわれます。「嘔吐」と「吐出」の一般的な違いは次の通りです。

胃まで到達した食物を吐き戻すのが「嘔吐」、胃より手前に留まっていたのもを吐き戻したのが「吐出」です。見分け方として、吐き戻しされたものが消化されているか否か、食べてから吐いてしまうまでの時間経過などが挙げられます。

今回の巨大食道症では、「吐出」が起こるため、未消化でかつ摂食後比較的短時間で吐き戻すことが症状として多く見られます。ただし、他の疾患を併発している場合にはその限りではないので、あくまでも目安として考えましょう。

「巨大食道症」の診断・治療法は?

内視鏡や胸部X線検査で、食道が拡張していることを確認します。単純なX線検査では食道は映し出されないので、造影剤を使用することがあります。その一方で、食道が拡張した原因を探るための検査を実施します。発症した原因によって、治療方法が異なります。

慢性的な食道炎の場合は、炎症を生じている部分に対し消炎剤や粘膜保護剤を投与します。重症筋無力症が関連している場合は、神経や筋肉の機能を正常な状態にするための投薬が必要となります。また、同時に巨大食道症が存在することによって生じうる合併症を引き起こさないようにするための工夫が必要です。

多くの場合、食餌内容や方法を検討する必要があります。できるだけ食道に食物が停留しないようするために、柔らかいもの、特に流動食のようにスムーズに胃まで通過できる食べ物を与えます。また、食事の姿勢にも気を遣うことが必要です。できるだけ頭の位置を高くして重力に合わせて自然落下させるようにする方法がとられます。原因によっても差がありますが、この病気の根治は困難なものが多いといえます。そのため、長期間にわたって薬を使った治療や食餌のケアなどが必要になります。

「巨大食道症」の治療費はどのくらい?

巨大食道症のメインは症状悪化の抑制となり、食餌療法が主となります。一方で定期的な投薬や診察、検査を必要とします。先ほどの画像診断や血液学的な問題の有無をチェックすることとなり、年間平均で3回程度の通院が必要となるデータがあります。おそらくこれは確定診断がされてからの通院間隔と判断されます。なお、1回の診療にかかる費用の平均はおよそ12,000円であると算出されています。

【関連サイト】
巨大食道症(食道拡張症)<猫>|みんなのどうぶつ病気大百科

「巨大食道症」の予防法はある?

先天的な問題や遺伝的要素によって巨大食道症が誘発されることは、比較的少ないです。発症を完全に予防するための確実な対策は確立されていません。胃炎や食道炎を頻発し、慢性的に吐きやすい個体では食道にダメージを与えやすいことから、胃をはじめとした消化器のケアを行うことが結果として巨大食道症の発症予防につながるところがあります。

まとめ

猫の巨大結腸症は比較的まれな疾患で、特定の好発品種はないとされています。他の病気の合併症として食道に異常が見られるケースや、突発的な問題など、原因がさまざまであることも特徴です。食道が拡張することで、食べたものをスムーズに胃へ運びこむことが困難となり、吐出と呼ばれる吐き戻し行為が頻繁に見られるほか、誤嚥性肺炎を発生させる危険もあります。発症した場合、対策として、食事の内容や食餌を摂る際の姿勢に注意しながら、巨大食道症になった直接の原因に対する治療を行います。

猫にとって吐く行動自体は決して珍しいものではありませんが、未消化のものを食べた後に比較的短時間で吐く行為が頻繁にみられる場合は、一度獣医師の診察を受けましょう。

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監修獣医師

増田国充

増田国充

北里大学を卒業し、2001年に獣医師免許取得。愛知県、静岡県内の動物病院勤務を経て、2007年にますだ動物クリニック開業。現在は、コンパニオンアニマルの診療に加え、鍼灸をはじめとした東洋医療科を重点的に行う。専門学校ルネサンス・ペット・アカデミー非常勤講師、国際中獣医学院日本校事務局長、日本ペット中医学研究会学術委員、日本ペットマッサージ協会理事など。趣味は旅行、目標は気象予報ができる獣医師。