クッシング症候群は副腎からホルモンが必要以上に分泌されることにより発症します。クッシング症候群の犬は、見た目にも特徴的な症状が出るほか、さまざまな合併症を引き起こすリスクがあります。ホルモンの分泌量調節にはさまざまな器官が関わっているため、原因をしっかりと精査する必要があります。多くはありませんが、投薬が原因で引き起こされることもあります(医原性クッシング症候群)。
今回は犬のクッシング症候群について解説します。
犬のクッシング症候群とは?
クッシング症候群は、別名「副腎皮質機能亢進症(ふくじんひしつきのうこうしんしょう)」といいます。副腎の皮質という部分からのホルモン分泌が過剰になることによって症状が現れます。
「副腎」は、腎臓のすぐ近くにある臓器です。落花生のような形をしていて、左右に1つずつあります。非常に小さい臓器ですが、表層部に「皮質」、内部に「髄質」と呼ばれる構造に分かれています。
この「副腎皮質」では、ステロイドホルモンと呼ばれるホルモンが作り出されます。ステロイドホルモンは、大きく分けると鉱質コルチコイド(電解質コルチコイド、ミネラルコルチコイド)と糖質コルチコイド(グルココルチコイド)があります。
犬のクッシング症候群では、特に糖質コルチコイドの分泌が過剰になることが症状に大きく影響します。糖質コルチコイドは、炎症を抑制する作用があるほか、たんぱく質を糖に変換させる作用、免疫を抑制する作用などがあります。
複雑なホルモン分泌調整
糖質コルチコイドを含む「副腎皮質ホルモン」は、副腎が自ら分泌量を調整しているわけではありません。脳の視床下部と呼ばれる部分から「副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)」と呼ばれるホルモンが分泌されると、このホルモンは視床下部に近い「下垂体前葉」と呼ばれる部分に作用します。
会社でいうところの社長にあたる立場にあるものが「視床下部」、そして、社長からの指示を受ける管理職に相当するのが「下垂体前葉」といったところでしょうか。
「下垂体前葉」では、先ほどのホルモンの刺激を受けて、「副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)」を作り出します。このホルモンが分泌され、副腎皮質に情報が到達することで「副腎皮質ホルモン」を分泌します。
副腎皮質で分泌されたホルモンが体のあらゆる場所で期待される作用を示し、その評価を視床下部で分析して副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)の分泌量を加減します。このように副腎皮質ホルモンの分泌量の調整は、視床下部や下垂体、そして副腎皮質それぞれが決められたミッションを適切に行うことでなしえているのです。
特に気を付けたい犬種や特徴、年齢
プードルやダックスフンド、ボストンテリアなどが発症しやすい犬種として挙げられます。ただし、他の犬種や混血種でも発生リスクはあります。原因が副腎の腫瘍、下垂体腫瘍のどちらであっても中齢(8歳くらい)から発生が増える傾向にあります。
どんな症状?

犬のクッシング症候群は比較的見た目に変化が出やすい疾患です。
特徴的な症状としては、水を飲む量が増え、尿の量が増加します。また、食欲も旺盛になります。初期は体重増加によって肥満傾向になりますが、進行すると筋肉量が減少しお腹だけ膨れたような体型になります。皮膚が薄くなり、脱毛がみられることもあります。
感染に対する抵抗性が落ち、膀胱炎や皮膚炎が治りにくくなることがあります。また、血糖値が高めの状態になるため糖尿病を誘発するリスクが高くなります。
原因は?
犬のクッシング症候群は、副腎から分泌される糖質コルチコイドが過剰に分泌されたことによって生じる疾患です。視床下部や下垂体前葉、副腎から分泌されるホルモンのうち、どこかがバランスを乱し過剰にホルモンを生成してしまうことが問題となります。副腎あるいは下垂体に問題が生じていることがほとんどです。そもそもの原因となっている部位が異なるにもかかわらず、症状は共通しているのです。そのため、外見だけで原因がどちらにあるのかを鑑別するのは困難です。
治療のためには、下垂体もしくは副腎のどちらに問題があるのかを検査で判断する必要があります。
過剰なホルモン分泌を引き起こす原因として、一番多くみられるのは腫瘍です。腫瘍細胞は、本来の秩序ある機能を無視しながら増殖します。そのため、必要以上にホルモンを分泌します。とりわけ脳下垂体、副腎が腫瘍化することでクッシング症候群に至ることが多くあります。
脳下垂体の腫瘍によるもの
副腎皮質から分泌するホルモンの量をコントロールしているのが、脳下垂体の下垂体前葉です。下垂体が腫瘍化することで、下垂体前葉から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が大量に分泌されます。その刺激を受けて副腎皮質では糖質コルチコイドが過剰に生成されます。
自然発生のクッシング症候群のうちおよそ85%が下垂体の異常によるものとされています。
副腎の腫瘍によるもの
視床下部や脳下垂体の機能は正常であるにもかかわらず、副腎そのものが腫瘍化して副腎皮質ホルモンが大量に分泌されているタイプです。上司からの指示は適切であるにもかかわらず、ホルモンを生産する現場でエラーが生じて必要以上に稼働している状態といえます。こちらは、下垂体腫瘍に比べると発生割合は低く、自然発生のクッシング症候群のおよそ1割程度といわれます。
ステロイド剤の投与に関連するもの
慢性の炎症や免疫が関連した病気で、ステロイドと呼ばれる薬を使用することがありますが、この薬剤の投与が過剰になると、副腎や脳下垂体の機能が正常であってもクッシング症候群と同様の症状を発生することがあります。投薬により、体全体では副腎皮質ホルモン濃度が高い状態となるからです。ステロイド剤はアレルギーや免疫関連の病気で明らかな効果を示します。しかし、使い方や用量を考慮しなければ、逆に体調不良を生じる恐れがあります。
治療法は?

犬のクッシング症候群の治療を行うには、まず原因がどこにあるのかを調べなくてはなりません。原因は下垂体あるいは副腎の腫瘍であることが多いため、これらを鑑別するための検査を実施します。ACTH刺激試験や、デキサメタゾン抑制試験と呼ばれる検査で、血液中の副腎皮質ホルモン濃度の変化から問題部位を調べるほか、画像診断装置を用いて実際に副腎の大きさを測定します。下垂体腫瘍は、通常のX線検査では判断できないので、CTやMRI検査を行います。
これらの情報をもとに外科手術が可能な場合は摘出手術を行います。下垂体腫瘍では、放射線治療を行うこともあります。一方、内科治療を行う場合はトリロスタンという薬を服用し副腎皮質ホルモンの合成を抑制します。
治療期間はどのくらい?
外科手術であっても内科治療であっても、中長期的に副腎皮質ホルモンの分泌がどの程度に維持されているかを判断する必要があります。とりわけ、内科治療を行っている場合は永続的に薬の服用が必要となります。
治療費は?どれくらい通院が必要?
外科手術や放射線治療は高額になりやすいため、数十万円単位の治療費となります。また、内科治療で用いられるトリロスタンも他の薬に比べ割高です。このトリロスタンは長期間使用する場合が多く、定期的に副腎皮質ホルモンの分泌のバランスを確認する検査を行うため、これらの費用も発生します。
『みんなのどうぶつ病気大百科』によると、犬のクッシング症候群における1回あたりの治療費は13,500円程度、年間通院回数は5回程度です。
病気はいつわが子の身にふりかかるかわかりません。万が一、病気になってしまっても、納得のいく治療をしてあげるために、ペット保険への加入を検討してみるのもよいかもしれません。

予防方法、かかりやすい犬種は?
残念ながら、医原性のものを除けば犬のクッシング症候群を予防するための効果的な方法はありません。日本では、プードルやダックスフンドがかかりやすい犬種に挙げられるので、これらの犬と生活している場合は、食欲や水分の摂り方、体重の変動などをよく確認しておくとよいでしょう。
また医原性のクッシング症候群にならないためには、特にアレルギーやアトピー性皮膚炎などにおいてステロイド系の薬を使用する際には、獣医師から指示された用法と用量を守りましょう。ステロイド薬は、良い効果がはっきりと現れる一方で、使い方には十分な注意が必要です。
まとめ

犬のクッシング症候群は、一度発症すると完治が難しい疾患です。ただ、早期に発見できれば他の病気を併発するリスクを軽減できる可能性があります。また治療にあたって、問題となっている部位によって治療の方法が変わることがあるため、適切な診断が不可欠です。
クッシング症候群は食欲や飲水量・体重が増加し、初期は肥満と区別がつきにくいですが、徐々に筋力が落ち特徴的な体型に変化していきます。
「最近なぜか不思議なくらい食欲が旺盛で水をガブガブ飲んでいるな」と感じたら、クッシング症候群である可能性があります。兆候が見られたら、早めに獣医師の診察を受けましょう。