扁平上皮がんは、皮膚の一番表層の表皮角化細胞(扁平上皮細胞)とよばれる細胞ががん化し、増殖していく悪性の腫瘍です。この細胞は主に皮膚や粘膜に存在するため、身体のさまざまな部位に発生します。猫における扁平上皮がんは、がんのなかでも比較的多く発生します。ここでは扁平上皮がんはどこにできやすいのか、がんになった場合どういった治療があるかなどをお伝えします。

猫の皮膚・粘膜にできる腫瘍

猫の扁平上皮がんは、身体のさまざまな部位での発生が報告されています。一般的には主に皮膚、鼻腔、口腔、咽頭、肺などに発生すると言われています。特に発生が多く、特徴的で注意したい部位として、皮膚と口腔に関して詳しくお伝えします。

皮膚で見られる扁平上皮がん

皮膚の扁平上皮がんは、猫では耳介、眼瞼(上下のまぶた)、鼻鏡(毛が生えていない鼻先の濡れているところ)、指先に見られることが多く、特に耳介の先端での発生が多いです。皮膚の中でも被毛の薄い部分にできやすく、白猫もしくは白の毛色を含む猫で多く見られます。また、1カ所だけでなく、複数カ所に多発して発生することもあり、年齢では、平均発症年齢12歳と、高齢猫での発生が多いとされます。耳や眼瞼、鼻鏡の扁平上皮がんは、他への転移は稀で、できた皮膚の表面で広がっていきます。例外もあり、第3眼瞼と呼ばれる瞬膜の部分にできると、深部の組織まで広がっていくことがあります。猫の指先にできる扁平上皮がんは、約半数で指の骨にまで広がることがあり、約13%は近くのリンパ節へ転移することがあります。

口腔にできる扁平上皮がん

扁平上皮がんは、実は口腔(つまり口の中)にもできるやっかいながんです。そして、猫では口の中にできる腫瘍疾患のなかで60~70%を占めるほど多い腫瘍です。口の粘膜(歯茎)にできるタイプがほとんどで、稀に顎の骨から発生するタイプもあります。どちらにしても、がんの進行は極めて早く、2・3ヶ月、早い場合、1ヶ月で広範囲に広がっていきます。口の粘膜にできるものは顎の骨まで広がり、骨を破壊することもあります。

また、舌にできるタイプもあります。約10〜20%は近くの下顎リンパ節に転移することがあり、また肺などの離れた臓器にも転移する場合があります。皮膚同様、発症する猫の平均年齢は平均14歳で高齢猫に多いとされます。さらに、扁桃にできる猫の扁平上皮がんは特殊で、診断された時点で他のリンパ節や臓器に転移していることが多く、扁平上皮がんの中で最も予後が悪いとされています。

「扁平上皮がん」の原因は?

人では生活環境の要因である喫煙や飲酒、遺伝、ホルモンや感染症などでなりやすいがんがいくつかわかっています。猫では、がんの原因となる要因の研究は人ほど進んでいませんが、皮膚の扁平上皮がんに関しては、白色系の毛色の猫や色素の薄い皮膚に発生しやすいことから、太陽光線(紫外線)の影響で発病のリスクが高まることがわかっています。また、太陽光線とは無関係な場所にできた皮膚の扁平上皮がんでは、パピローマウイルスの感染が関係していると言われています。口腔内の扁平上皮がんでは、ノミ取り首輪の使用や缶詰フードの大量摂取、タバコの煙を浴びるなどで発生しやすくなるという報告がありますが、因果関係ははっきりわかっていません。

どんな症状になる?

猫の扁平上皮がんは、初期段階では、皮膚や粘膜のちょっとした変化から始まります。そもそも、皮膚や粘膜はさまざまな刺激を受け、それに対応して赤くなったり、かさぶたを作ったり、じゅくじゅと化膿したり、出血したりと日常的に変化する箇所です。多少皮膚が赤かったりしても、最初のうちは「どこかにこすったのかな?」「皮膚炎かな?口内炎かな?」と思ってしまい、がんであることに気付きにくいことが多いです。
ここでは、扁平上皮がんかもしれないと疑ったほうがよい症状を、部位別に見ていきます。扁平上皮がんの進行は早いので、なるべく早期に猫の異常に気付けるようによく観察しましょう。

皮膚の症状

前述したように、ごく初期の段階では、皮膚炎やケガと、扁平上皮がんかどうかの区別を付けるのは大変困難です。しかし、猫では扁平上皮がんができやすい部位がわかっています。耳介の先端、眼瞼、鼻鏡、指先の皮膚が突然、赤くなったり、ただれてきたり、かさぶたができた場合は要注意です。ケガや軽い皮膚炎であれば、数日の内に小さくなっていきますが、扁平上皮がんは日に日に病変が広がっていき、特に潰瘍を作って周囲がただれていくのが特徴です。症状が進むと猫も痒みや違和感を覚え、自分で引っ掻いたり舐めたりするようになります。最初に見つけた段階から1週間過ぎても変化が見られなかったり、広がっていたりするようであれば、早めに動物病院へ連れて行きましょう。

口腔の症状

初期では、口の粘膜が赤みを帯びるところから始まるので、もともと口内炎や歯周病がある猫は区別が難しいです。しかし腫瘍が大きくなるにつれて、潰瘍がひどくなり、ごはんを食べるときに違和感や痛みを生じるようになります。ごはんを食べるスピードが遅くなったり、食べにくそうにしていたりする場合は、すぐに口の中を確認してみましょう。

さらに腫瘍が大きくなると、食べている時以外にもヨダレが出る、常に舌が出ている、出血する、口臭が気になるといった様子が見られるようになります。この時点では既に腫瘍が大きくなり、口の中を圧迫して食べたり飲み込んだりするのが難しくなり、食欲の低下も見られるようになります。また、顎の骨から発生する扁平上皮がんに関しては、顎が腫れていたり、顔の形が変わったりすることで気づく場合があります。猫の口腔内の扁平上皮がんは進行も早いため、口内炎か判断が付かない場合は日を置いて様子を見るのではなく、その時点で動物病院で診てもらうようにしましょう。

治療法は?治療費は?

猫の扁平上皮がんの治療は、転移が認められない場合、外科的に切除を行い、腫瘍を完全に取り除くことができれば、すぐに命の危険があるというわけではありません。しかし、腫瘍をすべて取り除けなかったり、他に転移してしまった場合は、外科的な切除は行わず、腫瘍を縮小させたり、症状をやわらげる目的で放射線療法や化学療法(抗がん剤)といった緩和療法を行う場合があります。

皮膚にできた扁平上皮がんの治療

皮膚にできた扁平上皮がんは、外科的に完全に取り除けることが多く、完治することが望めるので、外科手術が第一の選択肢になります。ごく初期の段階で、5ミリ以下の小さい腫瘍であれば、腫瘍を凍結して壊死させる治療が有効な場合もあります。しかし、腫瘍が大きくなればなるほど、切除する範囲が広くなり、術後の見た目の変化が大きくなるので、事前にどの程度の手術になるのか、獣医師とよく相談するようにしましょう。鼻鏡や眼瞼の腫瘍は切除できる範囲も限られるので、切除しきれない場合は、放射線療法や化学療法を併用しながら、腫瘍の増大を遅らせる方法もあります。

口腔にできた扁平上皮がんの治療

口腔内は皮膚と異なり、限られたスペースしかありません。また、生きていくことに欠かせない飲食に関わる重要な部位です。さらに口腔の扁平上皮がんは、肉眼で確認できる腫瘍より深く広く浸潤していることが多く、外科切除を行うときは、下顎を半分またはすべて切除する場合もあります。状態によっては、舌も切除しなければならないことも少なくありません。完全に取り切れたように見えても再発することもあります。切除後には、ごはんを食べたり、水を飲んだりすることが難しくなるので、胃チューブからの給餌が必要になることもあります。顎や舌を切除することで手術後の顔の外貌が大きく変わるため、飼い主が受け入れられない可能性があります。

外科的な完全切除が難しい場合は、ごはんを食べることが困難になり、平均的な余命は数ヶ月になります。放射線療法や化学療法は外科ほど腫瘍を縮小させる効果はありませんが、症状をやわらげる効果は期待できます。腫瘍の進行に伴い、口の中のみが激しくなり、ごはんが食べにくくなったりしますが、注射または飲み薬などで痛みをやわらげます。それが困難な場合は、皮膚に貼るパッチタイプの痛み止めなどで治療しながら、猫が少しでも長く、苦痛なく穏やかに過ごせるよう、獣医師と相談しながら病気と向き合っていきましょう。

治療費

皮膚にできたがんで外科治療を行う場合は、入院管理や検査費用も含め数万から20万円前後の費用がかかる場合があります。切除する部位や範囲によって金額の差が大きいので、手術をする場合は事前にどのくらいかかるかよく相談しておきましょう。口腔の外科治療は専門的な技術が必要になることが多く、専門施設で手術をするケースも少なくありません。数十万単位の費用がかかる可能性があるので費用の面も考慮に入れ、ベストの治療方法を選びましょう。放射線治療においても専門施設への通院が必要となります。放射線は麻酔をかける必要があるので、外科療法に匹敵する費用がかかります。しかしながら、化学療法はホームドクターで実施できる場合もあり、また痛み止めなどの投薬による緩和治療は、ほとんどがホームドクターで行うことができます。1回の通院が数千円単位の治療で行うことができる場合が多いので、猫への負担や費用面のことなど総合的に考えた上で、治療方法を選択するようにしましょう。

予防方法はある?

皮膚の扁平上皮がんは太陽光線の影響による発生がわかっているので、長時間外出させないよう室内で過ごすことが予防の一つとなります。特に色素の薄い白猫は注意した方がよいでしょう。
皮膚で見られる扁平上皮がんは、比較的早い段階で見つけることが可能ですが、口腔の扁平上皮癌は定期的に口の中をチェックしない限り、早期に診断をつけることが難しい疾患です。スキンシップのついでに、顔を触ったり口の中をチェックしてあげたりすることが、早期発見・早期治療につながります。

まとめ

最近では、外に出る猫が減ったせいか、皮膚にできる扁平上皮がんを患う猫が昔に比べて減ってきているように思います。一方で、口の中にできる扁平上皮がんは、猫が長寿になってきたこともあり、今後も減ることは考えにくいです。発見が遅れやすい腫瘍で、治療も完治まで至るケースが少なく、猫はもちろん飼い主、獣医師も頭を悩ませるやっかいな病気です。治療の選択に悩むこと飼い主も多いので、気になることは何でも獣医師に相談して、納得のいく治療方法を考えていきましょう。

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監修獣医師

溝口やよい

溝口やよい

日本獣医生命科学大学を卒業。2007年獣医師免許取得。埼玉県と東京都内の動物病院に勤務しながら大学で腫瘍の勉強をし、日本獣医がん学会腫瘍認定医2種取得。2016年より埼玉のワラビー動物病院に勤務。地域のホームドクターとして一次診療全般に従事。「ねこ医学会」に所属し、猫に優しく、より詳しい知識を育成する認定プログラム「CATvocate」を修了。毎年学会に参加し、猫が幸せに暮らせる勉強を続けている。2018年、長年連れ添った愛猫が闘病の末、天国へ旅立ち、現在猫ロス中。新たな出会いを待っている。