人と同じように、猫も高齢になると、腰や膝などの関節が痛くなったり、目や耳が悪くなってきたり、内臓の機能が低下するなどの老化現象が見らます。同時に、人の認知症と同じような、脳の認知機能の低下が原因と思われる症状が見られる猫もいます。今回は猫の認知症についてご紹介したいと思います。

猫が認知症になるのはなぜ?

認知症とは

認知症は、何らかの後天的な脳の障害によって認知機能が低下し、日常生活に支障をきたすようになった状態のことを言います。主な原因は老化ですが、アルツハイマー病のような中枢神経変性性疾患、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害、脳腫瘍や脳炎などの脳疾患に伴って見られる場合や、全身性疾患や脳以外の部位の疾患に伴って見られることもあります。10歳を過ぎる頃から認知機能の低下が見られる猫が増えてきて、15歳以上では半数程度の猫に何らかの症状が見られると言われています。

猫にもアルツハイマー病がある?

人の認知症の原因として多いのはアルツハイマー病と言われています。これは、脳に老廃物が蓄積して神経細胞を傷害し、記憶を司る「海馬」という部分をはじめ脳全体が萎縮していくことで認知機能の低下を引き起こす病気です。以前はアルツハイマー病は人に特有の病気と考えられていましたが、近年、猫でも人のアルツハイマー病と同じ脳の変化が起きることが報告されました。老廃物が脳に蓄積することによる認知症は犬など他の動物でも認められていますが、人のアルツハイマー病と同様の脳の変化は、現在のところネコ科の動物以外では認められておらず、猫の認知症を解明することが、人のアルツハイマー病の解明へもつながるのではないかと期待されています。

脳血管障害による認知症

人の認知症の原因でアルツハイマー病に次いで多いとされているのが、脳梗塞、脳出血などの脳血管障害です。脳の血管が詰まったり、破裂して出血を起こし、脳細胞への血液供給がうまくいかなくなったり、出血によって圧迫を受けることで脳細胞が障害され、認知機能の低下が起こります。人に比べると発生頻度は高くありませんが、猫でも脳血管障害が起こることがあり、その影響で認知機能の低下が見られることもあります。高齢の猫に多く見られる慢性腎臓病や甲状腺機能亢進症という病気は二次的な高血圧を起こしやすく、脳血管障害を起こすリスクが高くなります。

その他の疾患に伴う認知機能の低下

他には、脳腫瘍、脳炎、頭部外傷などの脳疾患や、腎臓病、肝臓病、内分泌疾患など脳以外の疾患が原因となって、同じような認知機能の低下の症状が見られることがあります。

猫が認知症になったらどうなる?

無駄鳴きや夜鳴きをする

猫の認知症の症状として最もよく見られるのが、無駄鳴き、夜鳴きです。きっかけもなく突然大きな声で鳴き始めたり、意味もなく長時間鳴き続けたりして、家族の生活に影響が出てしまうことも多く見られます。時間の感覚がなくなって昼夜逆転の生活をしたり、食事をしたことを忘れてお腹が空いたと夜間に鳴くような猫もいます。このような無駄鳴きは、認知症以外でも、身体の不調から不快感や痛みを訴えて鳴いている場合や、老化に伴う聴覚や視覚の低下に不安を感じて鳴いているような場合もあります。また、高齢の猫に多い甲状腺機能亢進症や高血圧症でも同じような様子が見られることがあるので、原因が他にないかを確認することが大切です。

粗相をする

これまできちんとトイレで排泄していた猫でも、認知症によりトイレの場所がわからなくなったり、排泄の感覚がわからなくなってしまい粗相をすることがあります。ただ、高齢の猫では認知症以外の原因でトイレ以外の場所で排泄するケースも多く見られます。他の原因としては、足腰の痛みからトイレまでの移動や排泄姿勢がつらくて別の場所で排泄するようになる場合や、尿石症や膀胱炎などの頻尿症状を伴う泌尿器疾患、腎臓病や糖尿病などの多飲多尿を伴う疾患、便秘などが関係している場合があります。排泄回数が増えるとトイレが汚れたままの状態になっていることが多くなり、汚れたトイレで排泄することを嫌がって別の場所でするようになる猫もいます。認知症以外の原因がある場合は、きちんと治療や対処をすることで改善する可能性もあります。

徘徊行動

無意味にうろうろ歩き回ったり、自分のいる場所がわからなくなって立ちすくんでいたり、狭いところなどに入り込んで出られなくなってしまうような様子が見られることがあります。

性格や好みの変化

飼い主さんのことがわからなくなったり、名前を呼んだり撫でたり遊びに誘っても反応しなくなることもあります。怖がりになったり、攻撃的になったりする猫もいます。食べ物や好きだった場所などの好みが変わってしまう猫もいます。異様に食欲が旺盛になったり、逆に食欲不振になったりすることもあります。

認知症になったらどんな治療をする?

認知症の検査

現在のところ、猫の認知症を診断するための検査方法や診断基準は確立されていません。症状から認知症が疑われる場合、同じような症状を示す可能性のある他の疾患がないかを検査で調べ、除外していくことを行います。そのために、血液検査、レントゲン検査、超音波検査、心電図検査、血圧測定、内分泌検査、神経学的検査、尿検査などを行います。脳の萎縮や脳血管障害など実際に脳内に病変があるかどうかを調べるためには、CTやMRIなどの検査が必要です。その場合、どうぶつでは全身麻酔をかける必要がありますが、高齢で、何らかの持病や症状のある猫に全身麻酔をかけることはリスクを伴う場合もあります。検査を受けるメリットとデメリットをよく検討した上で選択する必要があります。

認知症の治療

猫の認知症の原因となる脳の病変を治す薬は、残念ながら今のところはありません。人のアルツハイマー病で使用される一部の薬が猫の認知症の症状の緩和に効果がある可能性が示唆されており、使用される場合もありますが、すべての認知症の猫に効果が期待できるわけではないようです。何らかの基礎疾患がある場合は、それが認知症の症状の原因になっている可能性もあるので、可能な範囲で積極的に治療を行います。それでも対応しきれない夜鳴きなどの問題行動については、鎮静剤などの投与を行うこともあります。

お家でできる認知症の予防とケア

猫の認知症の発生や進行を完全に予防することは難しいですが、生活環境を整えたり、接し方を工夫することで、進行を抑えたり、認知症があっても安心して穏やかに暮らせる環境を作ることができます。そのためのポイントをご紹介します。

脳に適度な刺激を与える

声をかけたり、撫でる、一緒に遊ぶなどのコミュニケーションをとることは、脳に適度な刺激を与え認知症の進行を遅らせることができる可能性があります。たくさん名前を呼んで、抱っこして、喜ぶ場所を撫でて、コミュケーションをとりましょう。ねこじゃらしなどのおもちゃを使って一緒に遊んだり、中にフードを入れて転がすと少しずつ出てくるおもちゃなどを利用してみるのもよいでしょう。このような触れ合いや遊びを行うとき、猫が喜んでいるかどうか、リラックスできているかを確認しながら行うことがとても大事です。もともと触られるのが好きではない猫や、体調不良や痛みから、触られたり遊ぶのを嫌がる猫に無理強いすることは、ストレスになり逆効果につながります。

ストレスのない生活を心がける

ストレスは脳の血流を悪くしたり、脳内で神経細胞にダメージを与える酸化物質の蓄積を増やすことで認知症を悪化させると言われています。認知症を予防したり、進行を防ぐためには、なるべくストレスなく生活できる環境を整えてあげましょう。若い時、元気な時とは好む環境が変わっている可能性もあります。体力の衰えや体調の問題から、今までできていたことができなくなったり、大好きだった場所に行けなくなったり、好きだったものがそうではなくなったりする場合もあります。愛猫の今現在の体力や状態に合わせて、無理なく、心穏やかに過ごせる環境を整えてあげられるとよいですね。

適度な運動と日光浴で「セロトニン」を増やす

「セロトニン」は脳内の神経伝達物質の一つで、不安を和らげ気持ちを安定させる働きがあり、別名「しあわせホルモン」と呼ばれることもあります。セロトニンが不足すると、強い不安を感じたり落ち着きがなくなったり、攻撃的になったりします。このセロトニンの量を増やす働きのある薬は、人ではうつ病の治療などに使われますが、犬や猫でも分離不安や攻撃性などの行動治療や、認知症の症状を緩和するために使用されることもあります。

セロトニンは、日光を浴びたり、運動をすることで分泌が促進されると言われています。日中暗い室内で寝ていることの多い猫は、日向ぼっこをさせてあげたり、遊びに誘って適度に運動させてあげるとよいでしょう。

※ 長時間強い紫外線を浴びることは他の健康上の問題をもたらすこともあるので、直射日光には気をつけてあげて下さい。

食事やサプリメントで認知症の症状を緩和

DHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)などの不飽和脂肪酸は、人や犬の認知症の予防や症状の緩和に効果が期待されており、猫でも同様の効果がある可能性もあります。また、ビタミンC、ビタミンE、ポリフェノールなどに代表される抗酸化物質と言われる成分は、細胞にダメージを与えて老化や認知症にも関係すると言われる活性酸素を減らす働きがあります。これらの成分は、医薬品として猫に対するはっきりとしたエビデンスを持って使用されているわけではなく、すべての猫の認知症の予防や症状の緩和に効果があるとは言えませんが、猫が嫌がらないようであれば、試してみるのは一つの方法かと思います。

また、ストレスや不安から認知症の症状が強く表れているような場合には、精神を安定させる効果が期待される猫のフェロモン製剤や、脳の興奮を抑えて不安を和らげる効果のある成分を含むサプリメントなどが効果を示す場合もあるので、動物病院で相談するとよいでしょう。

※ 人や犬では、ストレスや不安を緩和し気持ちを安定させる効果を期待してアロマテラピーを行うことがありますが、アロマテラピーで使用する精油は猫に中毒を起こす危険性があります。猫にはアロマテラピーを行わないようにしましょう。

無駄鳴き、夜鳴きに対する対策

無駄鳴きや夜鳴きは人の生活にも支障をきたすことがあるので、可能な限り改善したいところだと思います。無駄鳴きや夜鳴きは、体の痛みや不快感、甲状腺機能亢進症や高血圧など、認知症以外の原因でも見られ、その場合、、治療によって改善することも期待できます。まずは動物病院で認知症以外の原因がないかを診てもらいましょう。

治療を行っても改善が難しい夜鳴きに関しては、愛猫が安眠できる環境を一つ一つ試しながら探していく必要があるかもしれません。例えば、視力や聴力が落ち、不安から鳴いてしまう猫の場合には、夜も電気をつけておくとよい場合もありますし、明るいと落ち着かずに寝られないという猫もいます。食事をしたことを忘れたり、夜間にお腹が空いて鳴く猫の場合は、食事の時間を調節したり、自動給餌器などを利用することで解決する場合もあります。鳴いたときに抱っこしたり撫でたりした方が早く落ち着く猫もいれば、構わずにいた方が早く静かになる猫もいます。夜中に徘徊して狭いところに入り込んでしまって鳴く猫の場合は、家具の配置を工夫したりバリケードを設置することで改善する場合もあります。ただ、無駄鳴きや夜鳴きは家族の努力だけでは改善が難しい場合も多いです。家族の生活に大きな支障が出てしまうような場合は、鎮静剤や抗不安薬などを使うことも選択肢の一つなので、動物病院で相談してみましょう。

トイレの失敗に対する対策

普段、猫が寝ている場所の近くにトイレを設置したり、トイレの入り口にスロープを作ったり、ふちの低いトイレに変えるなどを試してみるとよいでしょう。中にはトイレの場所やトイレ環境が変わることに大きなストレスを感じる猫もいます。可能であれば、今までのトイレはそのままで、別のトイレを追加して、選べるようにしてあげるとよいでしょう。高齢になると排尿回数が増えることが多いので、こまめに掃除をして清潔に使えるようにしておきましょう。

まとめ

猫の認知症は老化に伴ってどんな猫でもかかる可能性があります。病気の進行自体を完全に止めることは難しいですが、早期に発見し適切な治療と対策を行うことで症状を緩和することができる場合もあります。愛猫に変化が見られたら、早めにかかりつけの先生や行動治療を専門としている動物病院の先生に相談しましょう。猫とご家族双方の負担が少しでも軽くなるように、猫の状態に合わせてできるだけ安心して穏やかに過ごせる方法を探していくことが大事です。

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監修獣医師

岸田絵里子

岸田絵里子

2000年北海道大学獣医学部卒。卒業後、札幌と千葉の動物病院で小動物臨床に携わり、2011年よりアニコムの電話健康相談業務、「どうぶつ病気大百科」の原稿執筆を担当してきました。電話相談でたくさんの飼い主さんとお話させていただく中で、病気を予防すること、治すこと、だけではなく、「病気と上手につきあっていくこと」の大切さを実感しました。病気を抱えるペットをケアする飼い主さんの心の支えになれる獣医師を目指して日々勉強中です。