血液中に含まれるブドウ糖(グルコース)のことを血糖といいます。ブドウ糖は身体の細胞が正常に働くためのエネルギー源として重要な役割を果たしています。この血液中のブドウ糖の量が極端に少なくなってしまった状態が低血糖症です。低血糖症になると体の細胞がエネルギー不足になって正常に働かなくなるためさまざまな症状が現れます。

特に、脳の細胞は血糖値の影響を受けやすく、低血糖症になると神経症状や意識障害などの症状が起こり、命に関わることもあります。犬に比べると頻度は少ないですが、猫も低血糖症になることがあります。

低血糖症とは?

私たちが食事をとると、食物に含まれる炭水化物が消化、吸収され、ブドウ糖となって血液中に入ります。食後に血糖値が上がると、膵臓から「インスリン」というホルモンが分泌され、その働きによって血液中のブドウ糖は身体の細胞に取り込まれてエネルギー源として利用されます。また、余ったブドウ糖はグリコーゲンという物質に変換されて主に肝臓に貯蔵されます。

一方、空腹時などに血糖値が下がると、膵臓から分泌される「グルカゴン」や副腎髄質から分泌される「アドレナリン」などのホルモンの働きによって、肝臓に貯蔵されているグリコーゲンがブドウ糖に分解されて、血糖値を上昇させます。また、副腎皮質から分泌される「コルチゾル」も、ブドウ糖の新生を促進したりインスリンの作用を低下させたりすることで血糖値の上昇に関与します。

このようなさまざまなホルモンの働きによって、血糖値はある程度一定になるように調節されていますが、長時間食事をとることができなかったり、ホルモンの働きに異常をきたすような疾患にかかることで、血液中の血糖値が下がり、低血糖症を起こしてしまうことがあります。

猫が低血糖症になる原因は?

・子猫の場合

おとなの猫は、数日食事が摂れなくても簡単に低血糖症になることは通常ありません。それは、食事から摂取したブドウ糖がグリコーゲンという形で肝臓などに貯蔵されていて、血糖値が下がったときはそれを分解して利用することができるためです。しかし、子猫(主に生後3ヶ月未満)の場合は、まだ糖を肝臓に貯蔵しておく仕組みがしっかりできていないため、エネルギー源としてのブドウ糖は食事からの摂取に頼っています。そのため、長時間母乳やミルクが飲めなかったり、食事が摂れない場合や、下痢や嘔吐などを伴う消化器疾患できちんと消化吸収ができない場合などに、簡単に低血糖症を起こしてしまうことがあります。

・成猫の場合

健康な成猫が低血糖症を起こすことはあまりありませんが、絶食状態が続いているときに過度に興奮したり、過度な運動をしたりすることで低血糖症になる可能性があります。

・糖尿病で治療中の猫

糖尿病は、血糖値を下げる働きをするホルモンであるインスリンが作られなくなったり、インスリンの効きが悪くなることで高血糖状態が続いてしまう病気で、猫でも一般的に見られます。猫の糖尿病の治療は、食事療法や注射でのインスリンの投与などを行います。インスリンの投与量が適切でなかったり、インスリンを投与した後に食事がきちんと摂れなかったりすると、必要以上に血糖値が下がりすぎてしまい、低血糖症になってしまうことがあります。

・インスリノーマ

インスリノーマはインスリンを作っている膵臓の細胞が腫瘍化してしまう病気です。必要以上にインスリンが分泌されてしまうため、低血糖症を引き起こします。インスリノーマは犬やフェレットでは比較的よく見られますが、猫では非常にまれです。

・肝不全

肝臓はブドウ糖をグリコーゲンとして貯蔵しておき、さまざまなホルモンに対応してそれをブドウ糖に分解し、血液中に放出する働きがあります。肝臓の細胞が正常に働かなくなると、血糖値が下がったときにそれに対応するホルモンが分泌されてもきちんと反応できず、血糖値を上げることができずに低血糖症になってしまうことがあります。

・副腎皮質機能低下症(アジソン病)

副腎皮質から分泌されるホルモンの一つである「コルチゾル」は、ブドウ糖の新生を促進したりインスリンの作用を低下させたりすることで血糖値の上昇に関与しています。副腎皮質機能低下症でコルチゾルの分泌が減ることで、低血糖症が見られることがあります。猫ではまれな病気です。

*猫にキシリトールはどうなの?

犬がキシリトールで中毒を起こし、低血糖症になるというのを聞いたことがあるかもしれません。犬がキシリトールを摂取すると、インスリンの大量分泌を起こして低血糖症に陥り、また、大量に摂取すると急性の肝機能障害や血液凝固異常を起こして死に至ることもあります。

それでは猫はどうかというと、甘いものを好む犬と違い、猫がキシリトールを誤食すること自体が少ないこともあり、猫のキシリトール中毒の報告はほとんどなく、詳しい研究も多くは行われていません。2018年に発表された研究結果で、キシリトールを猫に与えてその影響を調べたものがあります。その結果では、犬で重篤な中毒を起こす量のキシリトールを猫に与えても血糖値や肝機能に大きな変化はなく、有害作用は見られなかったということが報告されています。

猫はキシリトールを摂取しても犬と同じような中毒を起こす可能性は低いと考えられますが、まだ報告数も少なく、安全性が確認されているわけでもありません。また、あえて猫にキシリトールを与えなければならない理由もないことから、念のため与えないよう注意喚起を行っている獣医師も多いようです。

猫が低血糖症になるとどんな症状になる?

ブドウ糖は身体の細胞が正常に働くためのエネルギー源として使われています。低血糖になると細胞がエネルギー不足に陥り、正常に働かなくなってしまいます。特に、エネルギー源としてブドウ糖しか使うことができない脳の細胞は血糖値の影響を最も受けやすく、低血糖症になると脳細胞が正常に働かなくなることにより、神経症状や意識障害などさまざまな症状が起こります。一般的には次のような症状が見られます。

・元気がない、ぐったりしている

・運動失調(ふらつく、立てない、力が入らない様子)

・けいれん

・意識障害

猫の低血糖症はどんな治療をする?

低血糖の症状は、糖分を補給することで血糖値が上がれば比較的早く改善しますが、低血糖のまま時間が経過してしまうと、死に至る危険もあります。低血糖の症状は外から見ただけでは他の神経疾患や中毒などの症状と区別がつきづらいですが、3ヶ月以下の子猫である、長期間絶食や下痢や嘔吐などの消化器症状が続いている、糖尿病でインスリン治療中である、低血糖症を引き起こす可能性のある疾患にり患している場合などで、低血糖症を疑うような症状が見られたら、次のような応急処置をしたうえで、すぐに受診しましょう。

・意識がある場合

猫に意識がある場合は、ブドウ糖やガムシロップ、砂糖水(砂糖を同量の水で溶く)など、糖分を含むものを舐めさせましょう。自分から舐めようとしない場合は、誤嚥させないように気をつけながらスポイトなどで少しずつ口の中に入れたり、歯茎などに塗りつけるようにしましょう。

・意識がはっきりしない場合やけいれんを起こしている場合

無理に液体の糖分を舐めさせようとするのは誤嚥の危険が大きいのでやめましょう。可能であればガムシロップや濃い目の砂糖水を歯茎に塗り付けるようにして、すぐに受診しましょう。

病院では、血糖値の測定を行い、必要に応じてブドウ糖の静脈内投与を行います。低血糖を引き起こす原因となった疾患が疑われる場合は、その検査や治療を行う必要があります。糖尿病でインスリン治療中の猫の場合は、インスリン投与量の再検討が必要です。

低血糖症の予防法は?

子猫の低血糖症は、猫風邪や消化器疾患に伴う食欲不振、下痢、嘔吐などが原因となる場合が多いです。子猫に体調が悪そうな様子や食欲が落ちている様子が見られたら、早めに受診し、治療を受けるようにしましょう。月齢にもよりますが、半日以上食べない場合や下痢や嘔吐が見られる場合は特に低血糖症を起こすリスクが高いので、すぐに受診するようにしましょう。

また、空腹時の過度な興奮や運動も低血糖を招きやすいので注意しましょう。いざというときのために、自宅にブドウ糖やガムシロップ、チューブ状の栄養剤などを用意しておくと安心です。

糖尿病でインスリン治療中の猫は常に低血糖に気を付ける必要があります。インスリンの必要量は時期によって変わってくる可能性があるので、定期的に受診してインスリンの投与量が適切かどうか確認してもらうようにしましょう。食事をとらないときにインスリンを注射すると低血糖になる可能性が高いので、食欲不振のときは無理に注射せず、主治医の先生に相談するようにしましょう。

成猫や老猫の低血糖症は、インスリノーマや肝不全、ホルモンの病気など何らかの疾患が関係している可能性が高いです。定期的な健康診断などで病気の早期発見、治療を心がけ、低血糖症の原因となる疾患にり患している場合は、万が一、家で低血糖症になってしまったときの対処法を主治医の先生に確認しておくとよいでしょう。

まとめ

低血糖症は、血液中のブドウ糖が少なくなってしまうことにより、神経症状や意識障害などが起こる状態です。対応が遅れると命に関わるような危険な状態になることもありますが、低血糖症になりやすい状況をあらかじめ回避したり、万が一の時は適切な処置を行うことで早く回復させることができる場合もあります。

特に生後3ヶ月以内の子猫や低血糖症を起こすリスクの高い疾患にり患している場合などは、いざというときに落ち着いて対応できるように、日頃から備えておくようにしましょう。

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監修獣医師

岸田絵里子

岸田絵里子

2000年北海道大学獣医学部卒。卒業後、札幌と千葉の動物病院で小動物臨床に携わり、2011年よりアニコムの電話健康相談業務、「どうぶつ病気大百科」の原稿執筆を担当してきました。電話相談でたくさんの飼い主さんとお話させていただく中で、病気を予防すること、治すこと、だけではなく、「病気と上手につきあっていくこと」の大切さを実感しました。病気を抱えるペットをケアする飼い主さんの心の支えになれる獣医師を目指して日々勉強中です。