「気管支」とは口と鼻が繋がる太い気管から肺に新鮮な空気を送ったり、不要なガスを外に出したりする「空気の通り道」です。気管支は気管に近いほど太く、肺に近いほど細く分岐していきます。ちょうど、気管を木の幹とすると、気管支は幹から細かく枝分かれする木の枝で、葉にあたる肺までつながっているイメージです。「気管支炎」は主に気管支に炎症が起き、さまざまな呼吸器の症状を起こします。では、猫で気管支炎が起きた時、どのような状態になるのでしょうか。今回は猫における気管支炎はどんな事で起こるのか、症状や治療法などをお話しします。

猫の「気管支炎」ってどんな病気?

気管支は外側が軟骨で囲まれ、蛇腹のホース状になっており、呼吸の動きにあわせて柔軟に曲がる「空気の通り道(気道)」の役割をはたしています。気管の内側には粘膜があり、外から入ってきた空気に異物や刺激物、細菌がいると、粘膜の細胞が反応して「痰」として喉まで押し上げたり、咳やくしゃみといった形で外に出そうとしたりする働きをしています。このように気管支には、外部より侵入した異物や細菌を阻止する「空気清浄機」のような役割もあります。しかし、侵入した異物や細菌が多かったり、刺激が強い、または粘膜が過剰に反応すると、そこで炎症反応が起こります。これが気管支炎です。

気道が狭くなる

「気管支炎」は、粘膜に炎症を起こす細胞が集まって厚く腫れ上がり、粘膜から過剰に粘液が分泌されます。そうなると気道が狭くなり、うまくガスの交換ができなくなります。場合によっては粘液が気道を塞いでしまい、重篤な呼吸器症状がでる場合があります。

気管支炎が慢性化すると気管支の構造が変化する

気管支炎が完治せず、2ヶ月以上炎症が続く(慢性化)と、気管支が長期の炎症により、硬く分厚くなって柔軟性がなくなってきます。慢性化した気管支炎は、気管が狭いまま元に戻らない場合もあります。

猫の「気管支炎」の原因は?

治療を嫌がる猫

猫の気管支炎にはさまざまな原因が考えられます。
・ウイルス性気管支炎
猫の気管支炎で、ウイルスが原因である場合の代表的なものでは、ヘルペスウイルスによる「猫ウイルス性鼻気管炎」があります。ウイルスが口や鼻、眼などの粘膜に入り込んで感染し、気管や気管支にも広がり炎症を起こします。子猫や抵抗力の低い猫に感染しやすいです。気管支炎以外に、鼻炎や眼の結膜炎も起こすことが特徴です。

・細菌性気管支炎
細菌による気管支炎は猫では稀であるとされていますが、マイコプラズマ・フェリス(Mycoplasma felis)は上記のウイルス感染にともなって2次感染したり、抵抗力の低い猫に他の動物から感染したりする場合があります。また、ボルデテラ・ブロンキセプチカ(Bordetella bronchiseptica)という細菌も同様に抵抗力の低い猫で感染する場合があり、気管支炎や鼻炎、重篤な場合は肺炎を同時に起こします。

・フィラリア症による寄生虫感染
猫のフィラリア症は肺の血管に寄生し、時に肺血管で強い炎症を起こします。この炎症が気管支にも波及し、気管支炎を引き起こす場合があります。

・気管支異物
猫が誤って、小さな異物を飲み込んだ拍子に気管に異物が入り、奥の気管支まで入り込んで、そこで炎症が起きることがあります。数ミリのごく小さなもの、例えば子猫の抜けた乳歯などが誤って気管や気管支に入り込む危険性があります。異物が取り出されない限り、気管支の炎症が続く可能性があるので注意が必要です。

・刺激物の吸引
殺虫剤やカビ取り剤など、塩素が入った強い刺激性のある化学物質を誤って吸引した場合、気管の粘膜を傷つけ、吸引した直後から強い急性気管支炎の症状を示します。これらは、眼や鼻の粘膜も傷つける危険性があります。

・アレルゲン物質
タバコの煙や芳香剤、環境中の埃、花粉やハウスダストといった日常の中でアレルゲン物質を長期間猫が吸い続けると、その刺激に対し気管支が反応し、慢性的なアレルギー性の気管支炎を起こす場合があります。猫ではこれを、「猫喘息」とよんでおり、猫の呼吸器疾患のなかでも注意したい疾患です。

猫の「気管支炎」の症状は?

ぐったりと寝ている猫

猫の気管支炎は、突然強い症状が現れる「急性気管支炎」と、2ヶ月以上症状が続いて徐々に悪化する「慢性気管支炎」に分けられ、症状の出かたが異なります。上記の原因に挙げた、ウイルス性、細菌性、異物、刺激物の吸引は、急性に症状が出ることが多いです。また、アレルゲン物質による気管支炎やフィラリア症、急性に起きた気管支炎が治りきらなかった場合には、慢性的な症状が続きます。しかし、急性も慢性も、粘液分泌物が気管支に大量に詰まるようなことがあると、呼吸不全に陥り、突如急変して命を落としてしまう場合があるので、異変に気付いたら早急に動物病院を受診しましょう。

主な症状は咳

急性、慢性にかかわらず、共通する症状として「咳」が挙げられます。主に気管に近い太い気管支の部分の粘膜が刺激されると、脳の咳中枢が刺激され、咳が誘発されます。急性の気管支炎では、眠れない位の激しい咳を連発し、それが数日続くことがあります。強い咳では、苦しくて床にアゴをくっつける様子が見られ、咳の後に嘔吐してしまう場合もあります。咳などの症状が2ヶ月以上続く慢性の気管支炎では、散発的な軽い咳から始まり、徐々に頻度が増え、苦しそうな咳に変わっていきます。また、慢性では突如発作的に咳を連発し、その後は落ち着くということを繰り返すケースもあります。猫が突然、強い咳をしたときは、すぐに動物病院を受診しましょう。軽い咳でもどれくらいの頻度で出るのか記録し、可能なら咳をしている時の動画も撮って、早めに動物病院でみてもらいましょう。

異常な呼吸音「喘鳴音」

比較的、肺に近い部位の気管支に炎症がある場合、息を吐く時にヒューヒューやゼーゼー、スースーといった、普段聞かないような少し高めの異常な呼吸音が聞こえることがあります。これは、気管支内の分泌物が増えて、細くなった気道を空気が出て行く時に発生する音で、音の大きさは大小さまざまです。筆者の愛猫も気管支炎を患い、突然、猫から換気扇のような音が聞こえ、慌てふためいた経験があります。猫は苦しい所を隠そうとするため、なかなか呼吸が苦しそうな様子に気付きにくいのですが、注意深く呼吸の音を聞いてみると、いつもと違う異常な音に気付けるかもしれません。

その他の症状

ウイルスや細菌性の気管支炎では、発熱や鼻汁、クシャミ、結膜の炎症などが同時に見られます。
また、気道が狭くなることで呼吸が苦しくなり呼吸回数が増えてきます。さらに苦しくなると、あまり動きたがらず、じっとしていることが多くなります。咳や呼吸を一生懸命行うので、体力が消耗され、食欲不振や体重減少、脱水も起こる場合があります。口を開けて呼吸をしたり、うつ伏せに首を伸ばしたりしている様子があれば低酸素状態で、いつ急変してもおかしくない状態なので、早急に動物病院に連れて行きましょう。

猫の「気管支炎」の治療法は?治療費は?

獣医に抱かれてこちらを見つめる猫

気管支炎の治療は、原因に対する治療を行いながら、症状の程度を確認し症状をやわらげていく治療を行っていきます。症状が急性に起きた場合は、救急で動物病院を受診し対応してもらいましょう。気管支は炎症が長期間続くと、構造が変化してしまい、咳や呼吸の症状が治らなくなってしまうことがあります。症状に気付いたら動物病院を受診し、早期に適切な治療を行いましょう。完治する場合もありますが、継続して治療が必要な場合は、自己判断で治療を中断すると悪化する恐れがあるので、獣医師と相談しながら治療を行いましょう。

原因疾患に対する治療

ウイルス、細菌性、寄生虫といった感染症では、抗菌薬や抗ウイルス薬、駆虫薬の投与を行います。これらの感染症は場合によっては、猫自身の回復力で治る可能性もあります。刺激物の吸引が原因で急性で起きた場合は、気管支洗浄により刺激物を直接取り除く方法がありますが、すべての病院施設でできるわけではありません。また、気管支内に異物が入り込んだ場合は早急に取り除く必要があります。しかしこれも気管支鏡と呼ばれる特殊な内視鏡が必要になるケースがあるので、専門的な病院で治療を受ける必要があるかもしれません。

アレルゲン物質が原因の慢性的なアレルギー性気管支炎(喘息)は、アレルゲン物質の特定ができる場合、日常生活からできる限りアレルゲン物質をなくすことで症状を抑えることができます。しかしながら、実際アレルゲン物質を特定することは難しいので、アレルゲンに対する気管支粘膜の過剰な炎症反応をなるべく抑えるためにステロイドなどの抗炎症薬を使用します。アレルギー性気管支炎は完治することは難しく、症状の進行を抑え、気管支に負担がかからないよう継続的に長期的な目線で治療する必要があります。抗炎症薬は注射、飲み薬、吸入薬とさまざまな方法で投できるので、症状の程度や猫の好みで使い分けましょう。

症状をやわらげる対症療法

猫が苦しい状態を少しでもやわらげる治療が対症療法です。主な対症療法として、感染症では抵抗力を上げるためインターフェロンの投与を行う場合があります。また、気管支炎により細くなった気管支を広げで呼吸を楽にする目的で、気管支拡張剤を取り入れる方法があります。咳が出て苦しい場合がありますが、咳は異物を出そうとする身体の防御反応です。咳止めを使ってしまうと、気管支の分泌物が排泄されない危険性があるので、無理に咳をとめる治療はあまり行いません。

気管支炎によって発熱や食欲低下、脱水などがある場合には、点滴などで水分や栄養補助を行い体調も整えていきます。また、症状が重篤で呼吸状態が悪く低酸素状態で急を要する場合は、状態が安定するまで持続的な酸素吸入が最優先され、酸素室で入院する場合も考えられます。慢性の気管支炎が進行し、呼吸機能が低下した場合は、在宅で酸素吸入器を設置するケースもあります。

治療費はどのくらい?

アニコム損保の調査によると、年間平均診療費は5,832円程度でした。気管支炎の程度や原因により治療費は幅があり、一概には言えませんが、実際は、症状が安定するまでには2回以上の通院が必要になるケースが多く感じられます。この他に麻酔が必要な「異物除去」や「気管支洗浄」といった特殊な処置をする場合は、別途、数万円の費用が必要と考えられます。また、慢性のアレルギー性気管支炎では治療が長期になり、定期的に状態を確認し薬を処方してもらうための通院が、月に1回〜2回程度は必要になります。1回の治療費は数千円程度ですが、レントゲン検査などで胸の状況を確認する場合はもう少し費用がかかる可能性があります。さらに、症状が重度で入院が必要な場合も治療内容によりますが、1日数万程度の入院費がかかる場合がありますので、費用については事前に相談しておくとよいでしょう。

【関連サイト】
気管支炎 <猫>|みんなのどうぶつ病気大百科

猫の「気管支炎」の予防法はある?

ワクチン接種を受けている猫

気管支炎がウイルスによる感染症の場合、猫ウイルス性鼻気管炎などはワクチンを接種することで予防できます。フィラリア症は定期的にフィラリア予防薬を投与することで予防可能です。どちらも、室内飼いの猫でも感染するリスクがあるので、事前に予防しておくことをおすすめします。

多頭飼育や飼育する密度の高い状況では、猫同士のウイルスや細菌感染が起こりやすく、ストレスによる抵抗力の低下も起こりやすいため、猫がなるべくストレスなく生活できる工夫をするとよいでしょう。
異物による気管支炎や刺激物の吸引は、特に好奇心旺盛な性格の猫で注意が必要です。危険なスプレーや気管支に入ってしまいかねない小さな物をチェックし、猫が届かないところに置いておくよう心がけましょう。掃除などで刺激のあるスプレーを使用する場合は、猫を別の部屋に移すか、十分な換気をしましょう。

アレルゲン物質が原因の慢性気管支炎の場合、何がアレルゲンなのかを特定することが難しいので、猫の生活環境からタバコの煙や芳香剤、お香や埃などを排除し、気管支炎になるリスクを減らしましょう。

喘息(ぜんそく)とは違う?

気管支炎と喘息(ぜんそく)は、咳が出るという症状は似ていますが、異なる病気です。
「気管支炎」は主に気管支に炎症が起きることで発症する病気です。一方、喘息(ぜんそく)は、呼吸をするときの空気の通り道(気道)がアレルギーなどの原因で過敏に反応し、気道の内腔が狭くなったり気道粘膜が炎症を起こすなどして起きる病気です。

【関連記事】
猫も「喘息」になる?どんな症状?治療法は?

まとめ

猫の気管支炎が重篤になり、猫が苦しそうに息をしているのを見るのは非常に辛いことです。症状に気付いた段階でできるだけ早く動物病院で診てもらいましょう。

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監修獣医師

溝口やよい

溝口やよい

日本獣医生命科学大学を卒業。2007年獣医師免許取得。埼玉県と東京都内の動物病院に勤務しながら大学で腫瘍の勉強をし、日本獣医がん学会腫瘍認定医2種取得。2016年より埼玉のワラビー動物病院に勤務。地域のホームドクターとして一次診療全般に従事。「ねこ医学会」に所属し、猫に優しく、より詳しい知識を育成する認定プログラム「CATvocate」を修了。毎年学会に参加し、猫が幸せに暮らせる勉強を続けている。2018年、長年連れ添った愛猫が闘病の末、天国へ旅立ち、現在猫ロス中。新たな出会いを待っている。