多発性嚢胞腎という病気をご存知でしょうか?これは腎臓の機能が徐々に低下する病気で、症状は他の腎臓の病気と非常に似ているところがあります。またこの病気は遺伝に関連した要素が強く、予防することが困難な点が特徴です。今回は多発性嚢胞腎について、その症状や発生要因などについて説明します。

腎機能が徐々に低下していく

トイレにいる猫

まず、腎嚢胞というものについて説明しましょう。腎臓は、血液中の老廃物をろ過して尿として排泄させるための「ネフロン」と呼ばれるろ過装置をたくさん備えています。ネフロンは、左右の腎臓合わせて40万個ほど存在するといわれています。つまり、腎臓はこのネフロンがぎっしり詰まった塊のような構造をしています。この部分を獣医学的に「腎実質」と呼びますが、ここが嚢胞と呼ばれる袋状の構造物に置き換わってしまう病気です。

その結果、ネフロンそのものが減少していきます。これは、尿を作り出す機能が次第に低下していくことを意味します。進行の程度には個体差がありますが、回復に向かうということは期待できず、最終的に腎臓としての機能を喪失することで命を落としてしまいます。

「多発性嚢胞腎」の原因は?

多発性嚢胞腎は、発症する原因がある程度解明されてきています。また、特定の品種で多発していることが知られています。これを「品種特異性」といいますが、この品種に該当する場合は、特に多発性嚢胞腎というものに対して関心をもちながら生活を送ることをお勧めします。

遺伝性の病気

多発性嚢胞腎は遺伝性の病気であることが確認されていて、PKD1遺伝子の変異が関連していることが知られています。これは常染色体上にある遺伝子で、「顕性遺伝」の性質をもつといわれており、「潜性遺伝」の疾患に比べて発症しやすいという特徴があります。猫の中でとりわけ発症しやすい品種としては、ペルシャ系の猫とアメリカン・ショートヘア、ブリティッシュ・ショートヘア、エキゾチック・ショートヘア、ヒマラヤン、マンチカン、スコティッシュ・フォールド、ラグドールなどがあげられます。もちろん、他の品種や混血種でも発症する可能性はあるので、注意が必要です。

どんな症状になる?

水を飲む猫

腎臓に嚢胞と呼ばれる多数の袋状のものが形成される病気ですが、この嚢胞が拡大するまで肉眼的な症状は目立つものではありません。嚢胞が拡大することによって尿を作り出す機能を担うネフロンが減少するので、慢性腎臓病と同じような症状が発現します。具体的には、食欲の低下、体重減少、飲水量の増加、尿量の増加などが挙げられます。

慢性腎臓病と多発性嚢胞腎とを見分けるには、主に画像診断を用います。一般に慢性腎臓病は症状の進行に合わせて徐々に腎臓が萎縮する傾向にあるのに対し、多発性嚢胞腎は腎臓のサイズが拡大します。顕著な例では、腹部の触診で確認できることがあります。腹部が膨らんで見えるほど腎臓が拡大することもあります。腎臓に嚢胞が形成された場合、触診によって猫が痛みを訴えることはありませんが、腎臓への細菌感染が合併しているような場合は痛がる様子が見られます。

健康な腎臓はそら豆のような形をしていて表面に凹凸はありませんが、嚢胞が拡大すると表面がぼこぼこしているのが感じられます。腹部X線写真で腎臓の拡大を、また腹部エコー検査では、腎臓の内部に液体がたまった袋状の構造物を確認することができます。このような嚢胞を伴う腎臓はほぼ左右ともに見られますが、大きさや数には左右差が見られることが多いです。
一般に多発性嚢胞腎は比較的若い年齢から発症が見られ、早い場合2歳あたりから発症することがあります。そして5~6歳までに腎臓に問題が生じることが多いです。一方、慢性腎臓病は老齢になってから発症する傾向があります。

進行の程度は比較的ゆっくりではありますが、終期から末期になるとさらなる体重減少や脱水、嘔吐の回数増加、食欲の低下・消失を経て、腎臓自身が尿を生成する機能を失い尿毒症に至ります。最終的に命を落とす結果となってしまうのです。

治療法は?治療費は?

腎臓に存在するネフロンは、一度機能を喪失すると再生することができません。腎臓に嚢胞ができることによってネフロンが徐々に減少していくのが多発性嚢胞腎の特徴なので、腎臓の機能や形が元に戻ることは、残念ながらありません。そのため、この病気を発症するリスクを持っている猫では、早期発見と早期治療が原則となります。「根治が難しいのに治療が必要なのか?」と疑問に思う方がいらっしゃるかもしれませんが、治療を行うことで少しでも進行を遅らせ、食欲や体重を維持でき、ひいては猫自身の苦痛の軽減につながります。

治療法については、症状が似ている慢性腎臓病の治療と同様の方法をとります。例えば、腎臓疾患用の療法食の使用、輸液療法(静脈点滴や皮下補液など)、腎臓への血流を促すための血管拡張薬、腎臓の機能低下に伴い高血圧が生じている場合は血圧を下げる薬を使用します。これらは個々の体調によって治療方針や使用するお薬の種類や投与量が異なるので、主治医の指示に従って継続的に行うことが重要です。腎臓に細菌感染を伴う場合は、他の合併症を引き起こさないよう注意を払いながら抗生物質を用います。

腎臓のサイズが拡大しているときは、腎臓内部にある嚢胞が拡大し、そこに多量の液体が溜っていることが想定されます。この影響で他の腹部にある臓器が圧迫され、十分な機能を発揮できないと判断された場合は、嚢胞内にある液体を注射で吸引して出す方法がとられます。
完治しないから諦めるのではなく、猫にとって身体的負担や苦痛を軽減しながら、日々過ごすようにしてあげましょう。

治療に関連した費用ですが、症状の進行に伴って使用する薬、輸液療法の頻度が増加する傾向にあります。輸液療法を行うと、主治医から指示のあった頻度で注射や点滴を行うことになるので、1回につき数千円~1万円を超えることがあるかもしれません。症状の進行状況や日々の生活の様子を確認することが重要となります。その際、血液や尿検査、画像診断などを用いて評価するため、検査にかかる費用が別途必要となります。一概には言えませんが、血液検査は数千円から、画像診断は5,000円くらいからとしている病院が多いと推察されます。ちなみにアニコム損保の調べでは、1回あたりの通院で約5,000円(平均単価)となっています。

【関連サイト】
多発性嚢胞腎(たはつせいのうほうじん)<猫>|みんなのどうぶつ病気大百科

予防方法はある?

エコー検査を受ける猫

多発性嚢胞腎は遺伝的な要因を持ち合わせており、この病気を完全に予防する方法は残念ながらありません。他の猫とまったく同じように日常生活を送っていても、多発性嚢胞腎を発症するリスクを持ち合わせている猫が潜在的にいるのです。例えば、先ほど挙げたようなペルシャ系の猫やアメリカン・ショートヘアと生活している場合、若い年齢の時から定期的に健康診断を受けておくとよいでしょう。

近年、腎臓の機能低下の兆候をチェックできる検査方法が確立されてきました。尿や血液をはじめ、X線や腹部エコーといった画像診断を使って腎臓の機能的な面と形態的な面の両方から、多発性嚢胞腎を発症していないかを確認し、愛猫が正常な泌尿器の機能を維持しているかを調べていくことが推奨されます。若い年齢でも発症することがあるので、1歳未満であっても腹部エコーや尿検査などを行っておくとよいかもしれません。また、PKD1遺伝子の変異がこの病気に大きく関与していることから、遺伝子検査で多発性嚢胞腎の発症素因があるかの検査を行うことができます。
今後この病気によって苦しむ猫を増やさないためにも、遺伝的な要因を持っている猫を繁殖することは推奨されません。

まとめ

多発性嚢胞腎は、特定の品種で特に発生頻度が高くなる進行性の病気です。発症リスクの高い品種あるいはその品種と血縁関係が強い場合は、若い段階から腎臓の機能や形態などを定期的にチェックしておくことをおすすめします。また遺伝疾患という側面もあるため、この体質は後世にも反映されます。現在は遺伝子検査で発症する可能性をある程度判断できるようになっているので、リスクが高い個体の場合は繁殖に供すことは控えましょう。
残念ながら発症してしまった場合は、根治は難しいながらも猫が日々少しでも安寧に生活ができ、そして永く一緒に生活を共有できるよう、家族のご協力を心よりお願いしたいと思います。

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監修獣医師

増田国充

増田国充

北里大学を卒業し、2001年に獣医師免許取得。愛知県、静岡県内の動物病院勤務を経て、2007年にますだ動物クリニック開業。現在は、コンパニオンアニマルの診療に加え、鍼灸をはじめとした東洋医療科を重点的に行う。専門学校ルネサンス・ペット・アカデミー非常勤講師、国際中獣医学院日本校事務局長、日本ペット中医学研究会学術委員、日本ペットマッサージ協会理事など。趣味は旅行、目標は気象予報ができる獣医師。