私たち人間と同様に、犬や猫をはじめとするどうぶつたちも周囲の環境や様々な状況に対してストレスを感じることがあります。そして私たちと同じように、ストレスが原因で心身のバランスが崩れ、体調が悪くなったり、問題行動をするようになることがあります。今回は、犬のストレスとはどのようなものか、愛犬のストレスに早く気付いてあげるためにどうしたらよいか、ストレスをためないようにするために私たちができることについて、ご紹介します。

犬もストレスを感じる?その正体とよくある原因

犬のストレスとは?

ストレスとは、外部からの刺激に対して心や身体が緊張状態になることです。どうぶつがストレスを感じると、それに適応しようとして心や身体に様々な反応が起こります。これをストレス反応と言います。犬はどのような刺激にストレスを感じ、どのようなストレス反応を起こすのでしょうか。

どんなことがストレスになる?

犬のストレスの原因には、次のようなものがあります。

環境の変化
生活環境の変化(引っ越し、模様替え など)
家族構成の変化(進学や就職で家族が家を出た、赤ちゃんが生まれた、他のペットを飼い始めた など)
家族のライフスタイルの変化(帰宅時間が変わった、留守の時間が増えた など)

不安や恐怖を感じるもの
慣れない場所(動物病院、ペットホテル、車や電車、飛行機で移動 など)
大きな音(花火、お祭りの太鼓、雷、工事の音 など)
天候の変化(台風、暴風雨 など)

欲求不満
運動不足
飼い主さんとのコミュニケーション不足
留守番が多く退屈 など

物理的なストレス
気温(暑い、寒い)
湿度(乾燥、多湿)
音(大きな音、聞きなれない音)
におい(香水、芳香剤、洗剤、たばこ など)
不適切な光(夜中まで明るい光、点滅するライト など)

生理的なストレス
不適切な食事(量が足りない、味が好みでない、ライフステージや体質に合わないフード、新鮮な飲み水が与えられていない など)
不適切な排泄環境(トイレに自由に行かれない、トイレの場所が不適切、トイレが不衛生 など)
睡眠不足(ベッドの素材が不適切、落ち着いて寝られる場所にない など)
体調不良(食欲不振、吐き気、だるさ、痛み、痒み、不快感 など)

犬がストレスを感じるとどうなるの?

どうぶつの脳には、精神の働きを司る領域と身体の働きを司る領域があり、お互いに密接に関係しています。例えば、緊張すると心臓がドキドキするのは、心理的なストレスによって交感神経が活性化するためです。犬もストレスを受けると、しぐさや行動に変化が現れたり、身体の働きに影響が出たりして、それが体調の変化につながることがあります。

犬のストレスが引き起こす行動変化

ストレスは、脳の神経伝達物質のバランスや脳の様々な部位に影響を与えます。その結果、感情 に変化が起こり、行動の変化につながります。

犬がストレスを感じているときのサイン

犬がストレスを感じているとき、次のようなサインが見られることがあります。

  • ウロウロ動き回ったり、キョロキョロ見回したり、落ち着きがない
  • しきりににおいを嗅ぐ
  • あくびをする
  • 鼻や口の周りをペロペロ舐める
  • 身震いする
  • 体を硬直させる
  • 足先やお腹などを舐め続け、過剰に毛づくろいをする
  • 食欲が急に落ちる、逆に過食になる
  • 家具の奥や人目に付きづらい場所で過ごすことが多くなる
  • 家具や床などの決まった場所をしつこく舐め続ける

このような行動は、犬が自分で不安や緊張、興奮などの気持ちを落ち着かせ、ストレスから身を守るという目的もあります。犬のこのようなサインに早く気付き、対応してあげることが大切です。

吠える・噛む

ストレスが強くなってくると、犬は神経質になったり攻撃的になることがあります。落ち着きがなくなり小さな物音におびえたり、過剰に反応する、唸る、吠える、噛むなど攻撃的な態度をとるなどの様子が見られます。

分離不安

分離不安は、飼い主さんの留守中に犬が過剰に不安を感じて、吠えたり、破壊行動をしたり、不適切な場所で排泄したりする問題行動の一つです。環境の変化や欲求不満によるストレスが引き金となったり、症状を悪化させる要因となることがあります。

夜鳴き

不安や欲求不満に加えて、睡眠環境に対するストレス(ベッドの素材がよくない、明るい、うるさいなど落ち着いて寝られない環境など)や、体調不良によるストレス(痛みや不快感があって眠れないなど)が原因で夜鳴きをするようになることがあります。

常同行動

常同行動とは、 同じ動きを繰り返す行動で、ストレスや不安、欲求不満が原因で見られることがあります。犬では、同じ場所をうろうろ歩き回る、自分のしっぽを追いかけまわす、手足や腹部などを舐め続けるなどの行動がよく見られます。常同行動は気持ちを静めたりストレスを発散させる効果もありますが、ひどい場合には自分でしっぽを噛みちぎったり、体をなめすぎて皮膚炎を起こすなど自傷行為につながってしまうこともあります。

元気がない・ぼんやりしている

ストレスの度合いが強い場合や、ストレスのサインに飼い主が気づいてくれないような場合には、人間のうつ病と同じような状態になり、周りの状況に関心が弱くなって無気力になったり、元気がない、ぼんやりしているといった様子がみられることもあります。

犬のストレスと病気の関係

ストレスは、自律神経系や内分泌系、免疫系など身体の調子を整える仕組みに影響を及ぼし、その結果、犬の体調を悪化させたり、病気を引き起こすことがあります。

食欲不振、下痢や嘔吐

ストレスは胃酸の分泌や胃腸の動きに影響を与えるため、食欲がなくなる、お腹を壊しやすくなる、頻繁に吐く、などの症状が見られることがあります。

皮膚病

自律神経系や炎症に関わる免疫反応への影響から、脱毛や皮膚の痒み、皮膚炎などの症状が見られることがあります。ストレスから自分で過剰に体を舐めることで皮膚が傷つき、皮膚炎を起こしてしまうこともあります(舐性皮膚炎)。

感染症

ストレスは免疫のバランスに影響を与え、免疫力を低下させます。そのため、ウイルスや細菌、真菌などによる感染症にかかりやすくなります。

がん

ストレスは自律神経系やがんに対する免疫力にも影響を及ぼすため、強いストレスに長期間さらされているとがんにかかるリスクが高くなる可能性が指摘されています。また、ストレスでがんの進行や転移が加速する可能性もあると言われています。

慢性的なストレスが病気を悪化させるケース

心臓病
ストレスは交感神経系を活性化させるため、血圧が上昇したり心拍数が上がることで心臓や血管に大きな負担をかけます。心臓病の持病のある犬では、心臓のポンプ機能が十分に働かなくなり、心不全を発症する危険が高くなります。

関節炎や腰痛など
ストレスによって筋肉が緊張したり痛みに対する感受性が変化することで、関節や首、腰などの痛みを強く感じるようになることがあります。

犬のストレスを防ぐ・軽減するためにできること

このように、ストレスは犬の心と体にいろいろな影響を及ぼします。愛犬にはなるべくストレスを感じない穏やかな毎日を過ごさせてあげたいですよね。そのために私たちができるのはどのようなことでしょうか。

環境づくりのポイント

まず第一に、毎日を過ごす生活空間を快適にしてあげることが大事です。犬に適した温度や湿度を保てる場所であるか、静かに落ち着いて過ごせる場所か、ベッドは快適に使えているか、ケージやトイレは清潔が保てているか、確認してみましょう。空調の風が直接当たる場所、大きな音がする場所、人通りなど外の様子が目に入って落ち着けない場所などは避けた方がよいでしょう。犬自身や飼い主さんのにおいのついたタオルなどをそばに置いてあげると安心する犬は多いです。また、犬が過ごす生活空間の場所や環境を変えるときは、急な変化は避け、少しずつ変えていくようにしましょう。

ストレスをためない生活習慣

ストレスを防ぐためには日々の生活習慣も大事です。

食事
ライフステージや体調に合った、栄養バランスの取れた食事を、適切な体重を維持できる量与えるようにしましょう。お楽しみやコミュニケーションのためにおやつや間食を与えることもよいですが、栄養バランスを崩さない量(1日の食事量の1割程度まで)を心がけましょう。また、食事をお皿に入れて与えるのではなく、転がすと少しずつ中からフードが出てくるおもちゃを利用したり、隠してあるフードを探して見つけたら食べられるようにするなど、何かアクションをした結果、報酬として食事が食べられるような工夫をしてあげると、喜ぶ犬もいます。体重管理のために食事量を減らして空腹感からストレスを感じてしまうような場合には、カロリーを抑えても満腹感を感じやすい食物繊維を多く含むダイエット用の食事やおやつを利用してみるのもよいでしょう。食の細い犬には、食事の時間が楽しくなるような工夫(無理強いしない、少しでも食べたらほめる、遊びながら食べられるおもちゃを利用する等)をしてあげるとよいでしょう。

運動
自由に走り回ったり、狩りをしたり、探索行動をしたりというような、犬本来の習性や行動を十分にさせてあげることは、犬のストレス発散に役立ちます。犬の年齢や体調、状況に合わせて、適切な運動をさせてあげるようにしましょう。走ることが好きな犬には、ドッグランなど安全な場所で自由に走らせる時間をつくってあげるのもよいでしょう。また、嗅覚の優れた犬にとってにおいは重要な情報源です。思いっきりにおいを嗅がせて情報収集させてあげることは、脳の活性化やストレス発散に役立つと言われています。

遊び
犬の本能的欲求を満たすような遊びをさせてあげることは、犬のストレス発散に役立ちます。「噛む」というのは犬の基本的な欲求の一つです。噛むことができる安全なおもちゃや、中にフードやおやつを入れて噛むと少しずつ食べられるようなおもちゃなどを与えて、噛むという欲求を満たしてあげましょう。ロープなどを噛ませて飼い主さんと引っ張りっこをするのもよいでしょう。また、「探索」も犬の基本的な欲求の一つです。宝探しゲームは、頭脳や嗅覚を使って大好きなおやつやおもちゃを探し出し、見つけるとご褒美としておやつやおもちゃが手に入るため、満足感の高い遊びになります。

健康管理
体調不良はストレスの大きな原因になります。日々のグルーミング(ブラッシング、シャンプー、爪切り、歯磨きなど)や病気の予防措置(定期的な健康診断やワクチン接種、フィラリア症やノミダニの予防など)を適切に行い、健康な状態を維持できるようにしましょう。持病がある犬は主治医の指示に従って定期的に診察や検査を受け、適切な治療を続けるようにしましょう。

飼い主さんとのコミュニケーション
犬のストレス防止には飼い主さんとのコミュニケーションもとても大事です。散歩以外にも、好きなおもちゃで一緒に遊ぶ、おやつをあげる、グルーミングやお手入れ、なでたりマッサージをするなど、触れ合う時間を十分にとってあげましょう。ただし、過剰なスキンシップをストレスに感じる犬もいます。愛犬の反応をよく観察しながら行うことを心がけましょう。

苦手をなるべく作らない

人や犬が苦手、外に出ることが苦手、大きな音が苦手など、苦手なものが多いとそれだけストレスをためやすくなってしまいます。少しでも苦手をなくしてあげるためには、子犬の時期、特に生後3週齢頃から12週齢頃までの社会化期と呼ばれる時期に、周りのいろいろな環境の刺激に慣らしてあげることが必要と言われています。この時期を過ぎてしまうと、苦手を克服するのは少し難しくなりますが、適切な方法で少しずつ慣らしてあげることで、克服できる場合もあります。苦手なことが愛犬のストレスの原因になっていると感じる場合は、ドッグトレーナーや、動物行動治療専門の獣医師などに相談してみるとよいでしょう。

ストレスを強く感じ過ぎないような接し方も大事

日々の生活の中で起こるいろいろなことに対して、犬が不安や恐怖を強く感じ過ぎないようにするためには飼い主さんの接し方も大事です。例えば、雷や花火などの大きな音がするとき、通院や車での移動を怖がるときなどに、「怖いね」などと飼い主さんも同調してしまうと、犬は「飼い主さんも怖がっているからやっぱりこれは怖いことなんだ」と認識し、余計に不安を強めてしまいます。飼い主さんがどんと構えて、例えば歌を歌って楽しい雰囲気を演出したり、犬の大好きなとっておきのおやつをあげるなど、「これは平気なこと」「怖がらなくて大丈夫なこと」という雰囲気を作ってあげると、犬も不安を感じにくくなります。

老齢の犬や持病のある犬のストレス対策

老齢の犬や持病のある犬は、体の痛みや不自由さを感じていたり、治療のために好きだった食べ物や遊びを制限されるなど、日常の中でいろいろなストレスを抱えているので、元気な時以上に配慮してあげることが必要です。

足腰が弱い犬には段差をなくして滑りにくい素材の床材を敷く、心臓が悪い犬には適切な温度湿度管理を行い激しい運動や興奮させるようなことを避ける、寝たきりで立つことのできない犬には快適に寝られるマットを用意するなど、犬の状態に合わせて、なるべく不自由や苦痛に感じることが少なくなるよう環境を作ってあげることが、ストレスの減少につながります。

また、老齢になっても、持病があっても、好きなことをしたり好きなものを食べたりすると、楽しい気持ち、うれしい気持ちになるのは、元気なときと変わりません。病気の治療のため制限が必要なこともあると思いますが、主治医とも相談して、身体に負担のかからない、無理のない範囲で愛犬が喜ぶことをたくさんさせてあげられるとよいですね。

気になるときは早めに動物病院へ相談を

お家でできるストレス対策を行ってみても愛犬の様子が気になる場合や、どのように対策をしたらよいか悩むような場合は、動物病院で相談してみましょう。動物病院では詳しいヒアリングを行い、生活環境の改善や行動療法、薬物療法などを組み合わせてストレスのケアを行います。専門的な知見に基づいた適切な治療を行うことで愛犬がまたストレスの少ない生活ができるようになる可能性もあるので、ご家庭だけで悩まずに早めに相談してみるとよいでしょう。

まとめ

ストレスは人と同じように犬の心と身体にも大きな影響を及ぼします。ストレスの原因をすべてなくすというのは難しいですが、愛犬が快適に過ごせる生活環境を整える、適度にストレス発散できる機会をつくってあげるなど、飼い主さんができることはたくさんあります。人も犬も、ストレスと上手につきあっていけるとよいですね。

監修獣医師

岸田絵里子

岸田絵里子

2000年北海道大学獣医学部卒。卒業後、札幌と千葉の動物病院で小動物臨床に携わり、2011年よりアニコムの電話健康相談業務、「どうぶつ病気大百科」の原稿執筆を担当してきました。電話相談でたくさんの飼い主さんとお話させていただく中で、病気を予防すること、治すこと、だけではなく、「病気と上手につきあっていくこと」の大切さを実感しました。病気を抱えるペットをケアする飼い主さんの心の支えになれる獣医師を目指して日々勉強中です。