破傷風(はしょうふう)は人間を含めたさまざまな種類の動物に起こる、細菌感染による神経毒の病気です。犬や猫は人間に比べると破傷風に強く、200~2,400倍の耐性があると言われていますが、傷口から破傷風菌の感染を起こすと発症する恐れがあります。破傷風菌は土壌の中に潜んでいるので、屋外でのケガは高リスクとなります。
また、動物に噛まれた傷から人間にも感染するので、人間側もワクチンによる予防や、噛まれたときの適切な対応が必要です。
猫の破傷風ってどんな病気?
破傷風菌(クロストリジウム・テタニ:Clostridium tetani)という細菌に感染し、細菌の作る毒素によって筋肉の麻痺やけいれんなどが起こる病気です。呼吸筋が麻痺すると、呼吸困難で死亡する場合もあります。
猫の破傷風の原因は?

破傷風菌の感染が原因です。破傷風菌は「嫌気性」という性質を持ち、空気(酸素)がないところで増殖する特徴があります。傷口から感染した細菌は傷ができた部分の中で増殖するので、傷が深かったり、傷口の洗浄や消毒が不十分だったりすると、破傷風を起こしやすくなります。
細菌感染を起こす根本的な原因としては、動物による咬傷、金属片や有刺鉄線などによる刺し傷、手術後の傷が開いてしまった(なめたりかじったりして糸を外し、傷口が汚染された)などがあります。屋外暮らしの猫では受傷後に時間が経過し、傷ができた部分が明確に見つからないこともあります。
破傷風菌は土壌などの中にごく普通に潜んでおり、芽胞という頑丈な殻のような構造を持っているので、環境中から完全に除去することが難しい細菌です。そのため、ケガをした場合は傷口部分を十分に洗浄し、抗生物質を使用するなどして、体内での細菌増殖を防ぐ対応が必要です。
猫が破傷風になったらどんな症状になる?

傷口から感染して3日~3週間ほど経ってから発症します。これは、細菌が増殖してから毒素の影響が現れるためです。テタノスパスミンという神経毒や、テタノリジン、テタノレプシンという赤血球を破壊する毒素が作られます。
主な症状は筋肉のこわばりとけいれんです。光や音、振動などの外部刺激に反応して筋肉が強く収縮します。傷口付近の筋肉が硬直する局所的な症状が初期に現れることもありますが、はじめから全身に症状が出る場合もあります。
重症化すると、全身が固くこわばり、4本の脚や尻尾、耳がピンと伸びたり、顔が引きつったりします。口や喉の筋肉もうまく動かせなくなるので、水や食事も飲み込めず、口が開けなかったり、よだれが溢れたりします。末期では起立も困難になり、横に倒れたままのけぞる姿勢で固まってしまうこともあります。最悪の場合死亡することもあります。
このような重篤な全身症状にいたる前に、受傷直後からの衛生的な傷の管理と抗生物質の適正な使用が大切です。
猫の破傷風に似た症状の病気はある? 診断方法は?

猫の破傷風は、あまり多くは見られない病気です。動物種として破傷風に抵抗性が高いことや、受傷後に傷の消毒や抗生物質使用などの治療を受けており、発症予防が行われていることなどが理由として推測されます。
破傷風の診断は、破傷風菌や毒素の存在を確認できれば確実なのですが、現実的には難しいため、臨床症状や経過などから診断します。
破傷風に特徴的な症状であるけいれんや麻痺は、他の病気でも見られることがあります。
けいれん発作が見られる代表的な病気としては、
・脳の病気
・低血糖
・低カルシウム血症や電解質の異常
・重度の肝不全(肝性脳症)や腎不全(尿毒症)
・農薬や薬物、有毒植物などによる中毒
などがあります。
破傷風のけいれんは剛直性けいれんといって、筋肉が緊張して全身がこわばるものなので、その特徴から診断が進められることもあります。
しかし、「身体が震える」「立てなくなる」という症状だけでは、ただちに破傷風とは診断できませんし、けいれん発作が出る病気はいずれも緊急性が高いものなので、まず全身の検査や対症療法が必要と判断される場合もあります。
破傷風かどうかの判断にあたっては、身体検査や血液検査を行い、その他の病気の異常がないかの確認をしたうえで、受傷の有無や、破傷風菌に有効な抗生物質使用で状態が改善するかなどで、臨床症状から総合的に診断が行われます。
どんな治療をする? 治療費は?
感染の管理と抗生物質
傷ついた部位がわかる場合は、傷口の洗浄と消毒を行います。壊死した組織がある傷では、流水による洗浄だけでは清潔を保てず、傷んだ組織を除去する処置が必要な場合もあります。
破傷風が疑われた場合は、破傷風菌に有効な抗生物質を積極的に使用します。具体的には、メトロニダゾールやペニシリンGなどがあります。メトロニダゾールの内服薬は非常に苦みが強く、家庭内で猫に飲ませるのは難しいこともありますが、治療のためには抗生物質が必須です。入院治療や静脈注射での投薬を行う方法もありますので、内服が難しいときは獣医師に相談し、確実に抗生物質が与えられるようにしましょう。
対症療法
自力飲水や採食ができず、筋肉のこわばりやけいれんが継続して見られる重症例では、基本的に入院管理になります。
症状を緩和するため、以下のような薬剤が使用されます。
・けいれん発作を抑える鎮静剤(ベンゾジアゼピン系の鎮静剤など)
・神経に作用して筋肉のこわばりを和らげる薬(アセプロマジンなど)
・副交感神経を抑えて過剰な唾液や粘液を減らす薬(アトロピンなど)
これらは破傷風毒の中和剤ではないので、根本的な治療薬ではなく、対症療法にとどまります。
また、静脈点滴で脱水を緩和しますが、点滴では十分に栄養が取れないため、経鼻カテーテルなどのチューブで流動食を投与することもあります。
毒素の中和
破傷風の毒素を中和する免疫グロブリン製剤がありますが、猫用に作られたものはなく、人間用や馬用に限られます。人間や馬 の血液から有効な成分を精製して作成しているものなので、猫に投与するとアナフィラキシーショックなどのアレルギー反応が起こる可能性があり、慎重に使用されます。
高濃度の神経毒が全身に広がってしまうと治療の難易度は上がってしまうので、予防のため外傷を適切にケアし、破傷風に備えた早期治療が望ましいです。
治療費
アニコム損保のデータによると、「通院」1回での平均診療費は約4,500円です。
受傷直後で、神経毒による全身症状が出る前でしたら、傷ついた部位の洗浄や抗生物質使用などの通院治療で対応可能なため、必要な診療費も比較的コンパクトだと思います。
しかし、神経毒による重篤な全身症状が出た場合は「入院」治療が必要になる場合もあります。破傷風を発症すると回復には4~6週間を要することもあるので、長期入院すると高額になることも考えられます。
予防方法はある?
人間には破傷風のワクチンがありますが、猫用の破傷風ワクチンはありません。
猫では予防接種ではなく、外傷のリスクを減らし、ケガをしてしまった時には患部を清潔に管理することで破傷風の発症を予防します。
屋外で過ごす猫はケンカによる受傷の危険が高まります。できるだけ室内飼育を心がけ、どうしても屋外に出てしまう猫の場合は、去勢手術をして闘争心を抑えるようにしましょう。
多頭飼育や繁殖を行う際は、ケージ越しの対面で十分に馴らしてから同室飼育をするようにし、相性が悪い場合は隔離も検討しましょう。
万が一ケガをしてしまった場合は、見た目の傷の大きさや出血の有無にかかわらず、動物病院を受診してください。咬傷は小さな穴のように見えますが、実際には奥まで傷つき、汚染されていることが多いです。汚染されたままかさぶたで傷に蓋ができると、破傷風菌が増殖しやすい環境となります。
夜間等、やむを得ずすぐに通院が難しい場合は、エリザベスカラーをつけてなめられないようにするとよいでしょう。流水での洗浄は傷口を清潔にするのに役立ちますが、ケガをして気が立っている猫には実施が難しいこともあります。飼い主さんの安全のためにも、無理はしないでおきましょう。
破傷風は人間にも感染する! もし猫に噛まれたら?
破傷風は人間でもみられます。破傷風菌は土壌や動物の排泄物等に含まれており、傷口から感染が成立するので、噛まれたときは注意が必要です。
若い世代や現在の日本のワクチンの定期接種プログラムには、破傷風の予防接種が含まれています(三種混合ワクチン・DPT、四種混合ワクチン・DPT-IPV)。しかし、世代や個別の事情によってワクチンの接種状況は異なるため、未接種の方もいます。三種混合ワクチン(DPT)の定期接種は1968年から始まっているため、50代以上の方は未接種の可能性があります。母子手帳などで接種歴を確認するとよいでしょう。
また、乳幼児期に定期予防接種を受けていても、破傷風菌の感染に高リスクな環境にある人は、追加接種を行い確実な免疫を身につけることが望ましいとされています。10年ごとの追加接種が目安となっているので、12歳頃に定期接種を終えた方だと、20代以降は追加接種の検討時期に該当します。
保護猫活動をしていたり、人に慣れていない猫を飼育する場合などは、猫に噛まれる可能性が高いです。攻撃性の高い動物と接触する機会があるようでしたら、医師に破傷風ワクチンの相談をするのもよいでしょう。
また、猫に噛まれて問題となる感染症には、破傷風菌以外にもパスツレラ菌などさまざまな病原体があります。時間が経ってから腫れてきたり、発熱することもあります。万が一噛まれてしまった場合は、すみやかに医療機関に相談しましょう。
まとめ
破傷風は猫にとっても人間にとっても警戒が必要な感染症です。
人間には破傷風のワクチンがあるので、予防接種を検討し、医師と相談するとよいでしょう。
猫はワクチンによる予防ができないので、ケガをしない生活環境を作り、万が一猫が受傷した際は動物病院を受診し、感染を管理できるよう治療を受けましょう。
病気になる前に…
病気はいつわが子の身にふりかかるかわかりません。万が一、病気になってしまっても、納得のいく治療をしてあげるために、ペット保険への加入を検討してみるのもよいかもしれません。
