犬と並んで古くから人類とともに暮らしてきた猫(イエネコ)は、世界中で愛され、数多く飼育されている動物です。このネコはどこで生まれて、どう世界に広がり、どのように日本にやってきたのでしょうか。
ネコの歴史を紐解く・前編の本記事では、世界各地のイエネコの歴史資料や遺伝情報を用いた研究から、イエネコの家畜化と世界への広がりの過程をご紹介します。
イエネコの起源と家畜化

1万年前から始まったイエネコの歴史
イエネコ(Felis catus)は、中東からアフリカにかけて生息するリビアヤマネコ(Felis lybica)が家畜化された動物です。イエネコの家畜化は、およそ1万年前から始まった農耕文化と密接に関係しています。人が農耕で穀物を貯蔵するようになると、その穀物を狙ったネズミ類による食害が生じるようになりました。このネズミ類を狙って、リビアヤマネコが自発的に人家の周辺に出没しはじめます。ネズミによる食害を防ぐためにネコが有用であることを知った人々は、人家や穀倉などにネコが入るのを許容するようになりました。さらに人への恐怖心が低いネコの方がより多くのネズミ類を捕食でき、より多くの個体が生存し、繁殖していきました。イエネコはこのようにして、人とともに暮らすようになったと考えられています(Serpell, 2014)。
人とネコの関係、最古は9500年前のキプロス島

考古学的には、中東のキプロス島にあるシロウロカンボス遺跡で見つかった例が、人とネコの関わりを示す最古の例として知られています(Vigne et al., 2004)。
この遺跡で見つかったリビアヤマネコの骨は、約9500年前のものと推定されています。8ヶ月程度と若い個体のものであり、特権階級の人物のものと思われる人骨のそばに、人骨の向きと同じ西向きで置かれていました。また、キプロス島は本土から60~80km離れていて、もともとネコ科の動物が生息していませんでした。そのためこのネコは人が船を使用してこの島に持ち込まれたものと考えられ、世界最古のネコの飼育例として報告されました。
家畜化は、西アジアの肥沃な三日月地帯で行われた

その後の遺伝情報を用いた研究によって、イエネコの家畜化が行われた場所は西アジアの肥沃な三日月地帯(Fertile Crescent)であることがわかっています(Driscoll et al., 2007)。この研究では、イエネコや近縁な野生ネコ科動物に由来する979個体のDNAを用いて、系統関係を調査しました。その結果、イエネコと同じグループにはリビアヤマネコのみが入り、ヨーロッパヤマネコ(Felis silvestris)などの他の野生ネコについては外のグループとして位置づけられました。
これは、私たちが行った研究結果とも一致しています(図1 )。イエネコと他の近縁な野生ネコ種との系統関係について、核ゲノムに由来する約6122万の一塩基多型(SNP)を用いた系統解析を行ったところ、ヨーロッパヤマネコ、ステップヤマネコ、ハイイロネコの3種を含む系統と、イエネコとリビアヤマネコの2種を含む系統が別系統になっていることがわかりました。この系統解析結果からも、イエネコはリビアヤマネコに近縁であり、リビアヤマネコを起源として生み出された分類群であることは間違いないと考えられます。

イエネコには雑種と純血種がある
遺伝的にイエネコは、その繁殖に人為的な影響が小さかった雑種と、最近になって人によって積極的に交配が進められてきた純血種に大別されます(図2)。
ネコと並び人と暮らす動物の代表であるイヌの場合、「狩猟のパートナー」や「そり引き」など明確な目的をもって繁殖交配が進められ、より優れた性質を持つ個体が選択されました。一方でイエネコは、最近まで強い人為的な選択圧をほとんど受けてきませんでした。これは、イエネコではネズミ類からの害を減らすための「防鼠」と、単純に愛でる対象としての「愛玩」の2つが主な目的で、長い間、他の目的での実益がなかったためと考えられます。
ところが、主にここ数百年の間で、毛の長さや毛色、耳や尾の形状といった形態的特徴に対して選択交配が進められ、純血種が確立されてきました。世界的な純血種のネコの血統登録団体あるTICAは、2024年7月時点で73品種を純血種に認定しています。中には、ベンガルヤマネコ(Prionailurus bengalensis)やサーバル(Leptailurus serval)といった野生種とイエネコを交配させ、その後品種として確立されたベンガルやサバンナと呼ばれる品種も存在します。
※この記事においては、とくに断りがない限り、イエネコはこうした純血種ではなく、雑種を指すものとします。
日本猫はアジア系と欧米系の混血だった
世界のイエネコは、遺伝的にいくつかの集団にわけることができます。ミトコンドリアDNA(mtDNA)に基づくと、リビアヤマネコと同じものを含む、少なくとも5つのタイプが確認されています(Driscoll et al., 2007)。
2020年代には、より多くの個体で、ゲノム情報を分析した研究が行われてきました。私たちが行った世界各地の107頭のイエネコを対象にした解析により、現生する世界のイエネコは、遺伝的に3つの集団に分かれることがわかりました。(図3)。
3つの集団とは、中東・アフリカを中心とした原種系、ヨーロッパ・北アメリカを中心とした欧米系、中国・韓国を中心としたアジア系です。興味深いことに、この解析で用いた関西・対馬など日本各地に由来する現在の日本猫(現代日本猫)は、すべてアジア系を主体としながらも、一部は欧米系の遺伝的要素をもつことがわかりました。この結果は、「現代日本猫の多くが、アジア系と欧米系の混血である」ことを示しています。

家畜化後のイエネコのゆくえ

世界中への拡散
イエネコは肥沃な三日月地帯で家畜化されたあと、世界各地にどのように広がっていったのでしょうか。ここでは記録が比較的多い、欧州・北米・エジプトを中心にみていきます。
様々な年代で各地におきた欧州への移入
欧州には、イエネコは様々な年代に様々な人々によって持ち込まれました。例えば、バルカン半島北部には9500年前頃から中東出身の開拓者によって、ポーランドには7000年から5000年前頃に初期の農民によって持ち込まれたとされています。また、古代ギリシャには3400年前、続く2500年前にはローマやイベリアに、フェニキア人・エトルリア人・ギリシャ人の船乗りによって持ち込まれました。その後、2000年から1000年前までにかけて、ヴァイキングによってスコットランドやアイルランドにも持ち込まれました(Krajcarz et al., 2022)。
遺伝的にみると、欧州のイエネコは、ヨーロッパヤマネコとの交雑を経た集団であることがわかっています。フランスやスコットランドでの複数の遺伝マーカーを使用した研究では、数世代から数十世代前という比較的最近の交雑を明らかにしています(Tiesmeyer et al., 2020; Howard-McCombe et al., 2021)。一方、イングランドで見つかったおよそ1800年前のイエネコの古代DNA解析の結果、すでに当時のイエネコがヨーロッパヤマネコとの交雑の影響を受けていたことを示唆しています(Jamieson et al., 2023)。
北米への移入とアメショの先祖の登場

北米には、ヨーロッパ人により欧州のイエネコが持ち込まれました。15世紀頃からはじまる大航海時代、ヨーロッパから多数の船がアメリカに渡りました。当時、船の積み荷をネズミ類による害から防ぐため、ヨーロッパにいた短毛のネコが北米に持ち込まれたとされています。現在、世界的にも人気のある純血種の一つのアメリカン・ショートヘアは、この短毛種のネコを起源として作出された品種です。
北米の集団は、欧州のイエネコと分かれてから500年ほどしか経過していないため、欧州と北米の集団の遺伝的差異は小さく(Lipinski et al., 2008)、そのため、北米のイエネコも欧州の集団同様、ヨーロッパヤマネコの遺伝的要素を持っています。
一方、図3の結果と同様に、SNPアレイと呼ばれるゲノム全域のうちおよそ6万のSNPを効率的に決定する手法を用いた解析でも、北米集団は日本の集団とは明らかに違った遺伝的組成を持つことがわかっています(Matsumoto et al., 2021)。
エジプトへの移入~古代ネコのミイラの研究も
前述したキプロス島のイエネコの骨が発見される前までは、イエネコの歴史が最も古いのはエジプトであると考えられていました(Driscoll et al., 2009)。エジプトでは、約3700年前のものと思われる象牙で作られたネコ型の小さい彫刻や、約3600年前の最古の壁画が見つかっています。その後もミイラをはじめとして、イエネコと人との関係性をうかがわせる様々な証拠が見つかっています。
古代のネコのミイラからDNAを抽出し、解析を行った研究において、Lyonsらは、約2500年前に作られたものと思われる3体のネコの骨からDNAを抽出し、ミトコンドリアDNAの部分配列を解読しました(Kurushima et al., 2012)。その結果、このネコはイエネコのものであり、現生のイエネコと分岐したのはミイラ化のさらに2000年~7500年前でした。古い年代の方で考えると、2500年前と7500年前とをあわせて1万年前にさかのぼるため、キプロスや肥沃な三日月地帯と同様、エジプトでも古くからイエネコが身近な存在だったことがわかります。
まとめ
ここまで、世界のイエネコがどのように広がっていったのかを見てきました。次回は、日本のイエネコの歴史について紹介します。
後編はこちら
文献
Serpell JA (2014). Domestication and history of the cat. In: Dennis C. Turner PB (ed) The Domestic Cat: The Biology of its Behaviour, Cambridge University Press Cambridge, pp 180–192.
Vigne J-D, Guilaine J, Debue K, Haye L, Gérard P (2004). Early taming of the cat in Cyprus. Science 304: 259.
Driscoll CA, Menotti-Raymond M, Roca AL, Hupe K, Johnson WE, Geffen E, et al. (2007). The Near Eastern origin of cat domestication. Science 317: 519–523.
Krajcarz M, Krajcarz MT, Baca M, Golubiński M, Bielichová Z, Bulatović J, et al. (2022). The history of the domestic cat in Central Europe. Antiquity 96: 1628–1633.
Tiesmeyer A, Ramos L, Manuel Lucas J, Steyer K, Alves PC, Astaras C, et al. (2020). Range-wide patterns of human-mediated hybridisation in European wildcats. Conserv Genet 21: 247–260.
Howard-McCombe J, Ward D, Kitchener AC, Lawson D, Senn HV, Beaumont M (2021). On the use of genome-wide data to model and date the time of anthropogenic hybridisation: An example from the Scottish wildcat. Mol Ecol 30: 3688–3702.
Jamieson A, Carmagnini A, Howard-McCombe J, Doherty S, Hirons A, Dimopoulos E, et al. (2023). Limited historical admixture between European wildcats and domestic cats. Curr Biol 33: 4751-4760.e14.
Lipinski MJ, Froenicke L, Baysac KC, Billings NC, Leutenegger CM, Levy AM, et al. (2008). The ascent of cat breeds: genetic evaluations of breeds and worldwide random-bred populations. Genomics 91: 12–21.
Matsumoto Y, Ruamrungsri N, Arahori M, Ukawa H, Ohashi K, Lyons LA, et al. (2021). Genetic relationships and inbreeding levels among geographically distant populations of Felis catus from Japan and the United States. Genomics 113: 104–110.
Driscoll CA, Clutton-Brock J, Kitchener AC, O’Brien SJ (2009). The Taming of the cat. Genetic and archaeological findings hint that wildcats became housecats earlier–and in a different place–than previously thought. Sci Am 300: 68–75.
Kurushima JD, Ikram S, Knudsen J, Bleiberg E, Grahn RA, Lyons LA (2012). Cats of the Pharaohs: Genetic Comparison of Egyptian Cat Mummies to their Feline Contemporaries. J Archaeol Sci 39: 3217–3223.