お腹を壊しやすい人がいるように、猫でも下痢や嘔吐を慢性的に繰り返すことがあります。猫の場合は毛玉を吐くことが多いので、「また毛玉でも吐いたかな?」と思ってしまいがちです。しかし、「体質」や「毛玉」で片付けられない場合があるのです。

食欲不振、嘔吐、下痢(軟便)といった消化器症状を起こす原因には、さまざまなものがあります。一時的なものであれば、急な食事の変化、気候や環境の変化が原因であることが多く、治ってしまえば心配はありません。しかし、慢性的だったり、間欠的(一定の時間をおいて、起こったり止んだりすること)に続く場合は、食物アレルギー、感染症(寄生虫、ウイルス、細菌)、免疫異常、腫瘍などが原因の可能性があり、重症化することもあります。

また、原因が特定しにくい、あるいは特定できないものも少なくありません。特に、原因不明の慢性消化器疾患の中では「炎症性腸疾患(Inflammatory Bowel Disease; IBD)」が最も多いと言われています。「炎症性腸疾患(IBD)」はヒトでも、犬でも、猫でも見られる病気ですが、聞き慣れない方も多いと思います。今回は、「炎症性腸疾患(IBD)」について解説します。

「炎症性腸疾患(IBD)」ってどんな病気?

ゆったり寝ている猫

炎症性腸疾患(IBD)とは、胃、小腸、大腸の粘膜内に原因不明の慢性炎症が起こり、慢性的に嘔吐や下痢といった消化器症状を示す症候群のことを言います。どの猫種にも起こる可能性があります。発症の原因や病態は不明な点が多いですが、遺伝の関与や腸内細菌・食物抗原など腸内環境が関与しているという説があります。

慢性的な胃腸炎を起こす

胃、小腸、大腸の粘膜内の慢性的な炎症、つまり慢性的な胃腸炎により、嘔吐や下痢が続くことがあります。慢性的な消化器症状が見られた猫で、消化管以外に疾患がなく、食物アレルギーでも消化器型リンパ腫でもないものを、「炎症性腸疾患(IBD)」と呼びます。

「炎症性腸疾患(IBD)」の症状は?

「炎症性腸疾患(IBD)」の主な症状は、慢性的な嘔吐や下痢、そして食欲不振です。

嘔吐する、元気がない

初期のうちは、食欲や元気は問題なく、たまに嘔吐や下痢をします。血便が出る場合もあります。進行すると嘔吐や下痢がひどくなり、食欲不振や体重減少、脱水症状が見られることがあります。
さらに、栄養が吸収できないので、低タンパク血症により腹水が溜まってお腹が膨らんだり、むくみを起こしたりすることもあります。

「炎症性腸疾患」(IBD)の原因はなに?

上を見上げる猫

原因はまだはっきりと解明されていません。遺伝的な素因、食事に対するアレルギー反応、腸内細菌の乱れといった腸内環境の関与、免疫システムの異常などが原因だと疑われており、これらのうちいくつかの要因が複合的に関わっていると考えられています。

確定診断するには内視鏡による生検が必要

診断基準もはっきりと定まっていないのですが、以下のような状態の時に「炎症性腸疾患(IBD)」を疑います。
□ 消化器症状(嘔吐や下痢)が3週間以上続く
□ 対症療法、食事療法、抗菌薬などで完全には良くならない
□ 消化管に炎症を起こす他の疾患が認められない
□ 内視鏡による病理組織学的検査で消化管粘膜に炎症が認められる
□ ステロイドなどの免疫抑制剤に対して反応が良い

実際の診断では、 消化器症状(嘔吐や下痢)が慢性的に続く時に、以下のStepで診断します。
Step1 慢性的に嘔吐や下痢を起こす他の病気を除外する
Step2 食事療法を実施する
Step3 抗菌薬療法を実施する
Step4 内視鏡検査を実施する

Step1 慢性的に嘔吐や下痢を起こす他の病気を除外する

猫で慢性的な消化器症状を示す時には、
□ 甲状腺機能亢進症
□ 慢性膵炎、胆管炎
□ 腸内寄生虫感染
□ 慢性腎臓病
など、腸炎以外が原因のことがあります。そのため、血液検査、レントゲン検査、エコー検査、糞便検査、ホルモン検査など、さまざまな検査を実施して、これらの病気がないかを判断します。

なお、これらの検査は「炎症性腸疾患(IBD)」だった場合の全身状態の把握にも役に立ちます。
進行した「炎症性腸疾患(IBD)」では、血液検査で低アルブミン血症・貧血といった異常値が見られることがあります。エコー検査は特に重要で、消化管に腫瘍の膨らみがないか、腸管の壁の構造が正常であるか、腹腔内のリンパ節が腫れていないかを確認することができます。また、重度の「炎症性腸疾患(IBD)」で認められる腹水の有無も確認することが可能です。

Step2 食事療法を実施する

食物アレルギーや食物不耐性といった特定の食物に対してアレルギー体質を持っていたり、食事成分が合わなかったりといった理由から、慢性的な消化器症状を示すことがあります。これを除外するために、食事療法を行います。2週間以上、加水分解食や新規タンパク食という療法食と水のみを与え、症状が改善するかを見ます。

Step3 抗菌薬療法を実施する

抗生剤を使用することで症状が良くなる「抗生物質反応性腸症(ARE)」を除外するために、メトロニダゾールなどの抗菌薬を2週間投与し、症状が良くなるかを見ます。

Step4 内視鏡検査を実施する

Step3までの検査と治療で診断がつかず、良くならない時には、「炎症性腸疾患(IBD)」と「消化器型リンパ腫」のいずれかが疑われます。消化器型のリンパ腫は、消化管に発生したリンパ腫で悪性腫瘍です。抗がん剤を用いた治療が必要になり、予後も良くない可能性があります。炎症性腸疾患(IBD)なのか、消化器型リンパ腫なのかを診断するためには、内視鏡検査や開腹手術により、腸管の組織を採取し、病理組織学的検査を行う必要があります。中には、病理組織学的検査でも炎症性腸疾患と消化器型リンパ腫の区別がつかないこともあり、必要に応じて、「免疫組織化学染色」や遺伝子の「クローナリティー解析」といった特殊な検査を行います。

内視鏡がなかった頃は、腸の組織を採取するには、開腹手術をするしかありませんでした。開腹手術で腸を採取するのは痛みを伴いますし、数日の入院や食事の制限が必要となります。内視鏡検査は、人間の胃カメラや大腸カメラと同様の検査です。動物の場合は、動かないようにするために全身麻酔は必要ですが、痛みはほぼなく、日帰りでも行える検査です。腸や胃の組織の採取は鉗子(かんし)で摘んで行い、採る量は1~2mm四方の量です。食事も次の日から食べることができます。猫への負担は非常に少ない検査であると言えるでしょう。

「炎症性腸疾患(IBD)」の治療法は?

薬を口に入れようとする猫
ステロイド剤や免疫抑制剤を用いて炎症を抑える治療に、食事療法や抗菌療法を組み合わせて治療をします。

治療は投薬がメイン

ステロイド剤や免疫抑制剤を用いて炎症や免疫を抑えるのが治療のメインとなります。
ステロイド剤は、副作用が心配される薬ですが、「炎症性腸疾患(IBD)」の治療には必要です。副作用が出ないように調節し、定期的な検査で副作用が出ていないかを確認します。ステロイドのみでは治療が困難な場合は、シクロスポリンやクロラムブシルといった免疫抑制剤を併用します。これらの薬に療法食や抗生物質も併用することがあります。療法食では、消化器の負担を減らすために、消化しやすい療法食や低脂肪食などを用います。その他の治療オプションとして、プロバイオティクスやプレバイオティクスで腸内環境を改善することも有効な可能性があります。

投薬は一生必要?

治療はスムーズな場合でも半年以上を要し、生涯にわたり投薬が必要なことも多いです。多くのケースが投薬により症状が改善します。しかし、投薬により症状が改善した後にも、ゆっくりと薬を減らしながら、症状が再発しないかを見ていく必要があります。

「再生医療」という選択肢

「炎症性腸疾患(IBD)」の治療法のひとつとして、「再生医療」という選択肢もあります。「再生医療」とは「細胞」を用いて行う治療法です。方法は以下のとおり、とてもシンプルです。

再生医療の治療法の説明

この治療法は、本来、身体が持っている「修復機能」や「自己治癒力」を利用して、病気を治していくものです。手術などに比べると身体への負担が少ないことも大きな特徴です。

「炎症性腸疾患(IBD)」に対する再生医療は現在まだ臨床研究段階ですが、あきらめないで済む日がくるかもしれません。ご興味のある方は、かかりつけの動物病院の先生に相談してみてください。

予防できる?どうすればよい?

炎症性腸疾患(IBD)の原因は良くわかっていないため、予防は困難です。もし炎症性腸疾患(IBD)になってしまったとしても、環境や食事が悪かったわけではありません。猫に嘔吐や下痢が見られる時には、「体質かも?」と様子を見るのではなく、早めにかかりつけ医に相談すると良いでしょう。

まとめ

食欲不振、嘔吐、下痢、軟便といった消化器症状が続いている場合には、診断のために上記のようなしっかりとした検査を行い、その結果に基づいた適切な治療を受けることが大切です。
診断・治療ともに長く時間を要する疾患です。治療の途中で「いろんな検査や治療をしているけどよくならない、本当にこの治療でいいのだろうか?」と不安な気持ちも出てくると思います。そんな時は獣医師にしっかりと質問し、納得して治療を進めるようにしましょう。

炎症性腸疾患(IBD)は完治が難しいため、治療でコントロールしていくことになります。症状を抑えるために、継続的な治療が必要です。症状に合わせて、獣医師と相談しながら適切な治療を行ってあげましょう。

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監修獣医師

平野 翔子

平野 翔子

2012年に東京農工大学を卒業後、24時間体制の病院に勤務し、予防診療から救急疾患まで様々な患者の診療に従事。その傍ら、皮膚科分野で専門病院での研修や学会発表を行い、日本獣医皮膚科学会認定医を取得。皮膚科は長く治療することも多く、どうぶつたちの一生に関わり、幸せにするための様々な提案や相談ができる獣医療を目指す。パワフル大型犬とまんまる顔の猫が大好き。