「さくらねこ」をご存じですか。耳の先が桜の花びらのようにカットされている猫のことで、お家の周りや公園などで見かけたことがあるという方もいるのではないでしょうか。さくらねこは、飼い主のいない野良猫がこれ以上増えないようにし、保健所などの施設に引き取られ殺処分される猫を減らすための取り組みの一つです。今回はこの「さくらねこ」という取り組みと地域猫活動について、ご紹介したいと思います。

「さくらねこ」とは何か?

さくらねこの定義

「さくらねこ」とは、耳の先がV字にカットされた猫のことを言います。このV字は、不妊手術(避妊手術、去勢手術)されていることを表す目印です。カットされた耳の形が桜の花びらに似ていることから、「さくらねこ」と呼ばれるようになりました。

さくらねこは、もともと特定の飼い主のいない、屋外で暮らす野良猫です。このような猫をそのままにしておくと、繁殖を繰り返して数が増え、鳴き声や排泄物などが地域で問題になったり、保健所などに引き取られ殺処分される猫が増えてしまいます。また、屋外で暮らす猫は、事故やけんかによるケガや病気などのリスクも高く、室内で暮らす飼い猫に比べて寿命が極端に短いという現実もあります。このような猫をこれ以上増やさないために、野良猫を捕獲して不妊手術を行い元の場所に戻す、という活動が行われています。

不妊手術を行った猫は、その目印として耳の先をV字にカットします。この目印がないと、不妊手術をすでに受けているのか、まだ受けていないのかがわからないため、同じ猫が何度も捕獲されて麻酔をかけられたり手術されてしまうことがあります。それは猫に不要な負担をかけることになるため、誰が見てもわかるこの耳カットの目印が重要な役割を果たします。

V字カットしても大丈夫?

耳のカットは手術の時に全身麻酔下で行われるため、猫が痛みを感じることはありません。感染防止の対策や止血の処置もきちんと行われるため、その後のトラブルもほとんどありません。カットされた見た目を痛々しく感じる方もいらっしゃると思いますが、猫にとってはメリットの方がずっと大きいのです。

地域猫とは?野良猫との違い

さくらねこが生まれた背景には、野良猫の増加による地域でのトラブルや、保健所などの施設に引き取られ殺処分される野良猫の数の多さがありました。このような問題に対峙する中で出てきたのが、「地域猫」という考え方です。

地域猫の特徴

「地域猫」は、野良猫と同じく特定の飼い主のいない屋外で暮らす猫ですが、地域の住民の方々の協力のもと、食事や排泄などの世話・管理が行われ、地域で共生している猫のことを指します。決まった場所で食事や水を与えられ、排泄物の処理や清掃も地域住民の協力で行われます。また、これ以上数が増えないように不妊手術が施され、その目印として耳がカットされます。

野良猫との違い

野良猫には、地域猫のようにお世話や管理をしてくれる人がいません。餌やりをしてくれる人がいることもありますが、計画的な世話や不妊手術などは行われません。そのため、繁殖期や猫同士のけんかによる鳴き声、ゴミあさり、排泄物などによるトラブルを引き起こし、地域環境を悪化させたり、地域住民の間の対立を生む原因になることがあります。また、繫殖を繰り返して数が増え、保健所などの施設で殺処分される猫が増えるという問題が起こります。

地域猫活動

地域猫活動は、地域全体で住み着いている猫をお世話・管理することで、このような野良猫による問題を解決していこうという取り組みです。猫一代限りの命をその地域で見守りながらまっとうさせ、不幸な猫を増やさないという動物愛護の観点と、地域環境を守るという両方の観点から生まれた考え方です。

地域猫活動は、地域住民が中心となり、自治体、ボランティア団体、動物病院などと協力しながら、主に次のようなことを行います。

・決まった時間・場所で餌やり

餌を求めてゴミをあさったり、猫同士がけんかをするなどのトラブルを防ぐために、地域の猫にルールに基づいて餌やりを行います。捨て猫や他の地域からの猫の流入、カラスや害虫などによるトラブルを防ぐために、決まった時間に決まった場所で決まった猫にだけ餌を与え、食べ残しは放置せずに片づける、などのルールが必要になります。

・トイレ設置と排泄物の清掃

屋外で暮らす猫は民家の庭や花壇などに侵入して排泄したり、公園や道路など公共の場所で排泄し、地域の衛生環境の悪化や悪臭がトラブルになることがあります。そのような問題を防ぐため、屋外で猫が利用できるトイレを設置し、定期的に清掃するなど、排泄物の管理を行います。

・不妊手術の実施

これ以上猫の数を増やさないために、不妊手術を行い、手術済みの猫である印として耳のカットをします。これは、TNR活動と呼ばれ、地域猫活動の中でもとても大事な活動と言われています。

TNRとは何か?

TNRの概要(Trap, Neuter, Return)

TNRとは、Trap(トラップ:猫を捕獲すること)、Neuter(ニューター:猫の不妊手術を行うこと)、Return(リターン:猫を元の場所に戻すこと)の頭文字をとった略語です。

環境省により公表されている「犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況 」によると、令和4年度に全国で20,000頭を超える飼い主不明の猫が引き取られ、9,472頭という数の猫が殺処分されています。この殺処分された猫の半数以上が、離乳前の子猫です。
猫はとても繁殖力の強い動物で、1年に2~3回発情期を迎え、1度に5頭前後の子猫を生むことができます。不妊手術をしないまま屋外で暮らしていると、繁殖を繰り返して数が増え、殺処分される猫が増えてしまいます。このようなかわいそうな猫を減らすために、TNR活動が有効と言われています。

・Trap(トラップ:猫を捕獲すること)

屋外で暮らす猫の多くは警戒心が強く人に慣れていないため、捕まえてケージやキャリーなどに入れるのは容易なことではありません。そのため、多くの場合、専用の捕獲器を使用して猫を捕獲します。

・Neuter(ニューター:猫の不妊手術を行うこと)

動物病院や自治体の施設などで不妊手術を行います。全身麻酔がかかっているうちに、手術済みの目印として、男の子は右の耳、女の子は左の耳をV字にカットします。
不妊手術は、子猫が生まれないようにして猫の数を増やさない、という目的で行われますが、それ以外にも、繁殖期特有の鳴き声や繁殖をめぐる猫同士のけんかによる騒音を防ぐ、男の子のスプレー行為や尿のにおいを緩和する、といったメリットもあります。また、繁殖をめぐるけんかでケガをしたり感染症にかかるリスクを減らす、生殖器系の病気や性ホルモンが関与する病気を防ぐ、性的なストレスから解放されて穏やかに暮らすことができるようになるなど、猫にとってのメリットもあります。

Return(リターン:猫を元の場所に戻すこと)

手術後、経過を観察した後、猫を元の場所に戻します。もともと野良猫として屋外で暮らしてきた猫の多くは人に対する警戒心が強く、無理やり保護されることは大きなストレスになります。手術したすべての猫を保護する施設や人手も足りません。そのため、屋外でも暮らしていける元気な成猫の場合は、もとの場所に戻し、地域猫として地域全体でお世話を続けます。病気や障害などさまざまな事情で元の環境に戻すことが相応しくないと判断される成猫や、まだ外の環境に慣れていない、人に対する警戒心がそれほど強くない子猫などは、そのまま保護しボランティア団体などの施設で管理したり、里親を探すこともあります。

東京都台東区での取り組み

地域猫活動に積極的に取り組み、成果を上げてきた地域の一つに、東京都台東区があります。上野や浅草といった有名な観光地を有する台東区には、商業施設や飲食店が多く、昔からネズミ対策として、猫の放し飼いや餌やりが慣習化していました。そのため、野良猫の数が増え、鳴き声や排泄物の問題、餌やりをめぐるトラブルなど、多くの苦情が保健所に寄せられるようになりました。このような背景から、台東区では平成17年度より地域猫活動の取り組みを始めました。地域猫活動の啓発、普及のための「地域猫講習会」の開催、地域猫ボランティアの育成、不妊手術費用の助成、ポスターなどによる捨て猫防止のための対策など、さまざまな取り組みを続けた結果、平成27年度には子猫の引き取り数ゼロを達成、野良猫に関する苦情の件数や路上で死亡する猫の数も大幅に減少しました。

台東区の地域猫活動の取り組みと成果は全国に知られるようになり、現在では台東区以外でも多くの自治体で、地域猫活動の啓発活動、ボランティアや地域団体のサポート、捕獲器の貸し出し、不妊手術費用の助成などの支援事業が行われています。

地域猫活動を支える動物病院

飼い主のいない猫の不妊手術は、通常の飼い猫の手術とは異なり、病院側もさまざまな負担を負うことになります。野良猫の中には人に慣れておらず攻撃性を示す猫もいるため、麻酔をかけたり処置をするためには十分な注意が必要になります。また、屋外で暮らす猫は外部寄生虫や感染症にかかっていることも多いため、院内感染を防止するための対策も必要です。

地域猫活動は、このような負担を承知の上で、それでもかわいそうな猫を減らすために協力したいという獣医師や動物病院の支えがあってこそ成り立っています。地域猫に限定して、手術やノミダニの駆除、ワクチン接種などを飼い猫よりも安い価格で行っている病院や、手術後の里親探しを積極的に行っている病院もあります。また、地域猫の不妊手術専門の病院というのも増えてきています。

保護団体の役割と私たちができること

動物愛護団体やボランティア団体は、猫の保護活動の経験から、地域猫への餌やりの場所や方法、トイレの設置の仕方や掃除の方法、効果的な捕獲方法など、さまざまなノウハウを持っています。地域猫活動は、基本的にその地域の住民が中心となって行うものですが、動物愛護団体やボランティア団体の中には、このような経験やノウハウを生かしたアドバイスや、捕獲器の貸し出しなど、さまざまな協力を積極的に行って地域猫活動を支えている団体もあります。また、寄付金を集めたり、地域猫活動に理解のある動物病院と連携して、費用面で地域猫活動を支えている団体もあります。

地域猫活動をその地域で継続して行っていくためには、その地域の住民が協力し、主体となって活動することが必要不可欠と言われています。野良猫の問題を地域の問題と捉え、協力して解決していこうという意識がなければ、継続は難しくなります。地域には猫が好きな人もいれば、苦手な人、嫌いな人、猫を迷惑に思っている人などさまざまな人がいます。猫の命を尊重しながら、かつそれぞれの立場の人が快適に暮らせる地域環境を維持するためにはどうしたらよいのか、よく話し合い、それぞれ自分ができることを実践していく姿勢が必要でしょう。

地域猫への取り組みに関心があっても、実際に活動するのが難しい、という方もたくさんいらっしゃると思います。そのような時に私たちができることの一つとして、地域猫活動を支援している保護団体やボランティア団体に寄付をすることがあげられます。TNR活動も含め、野良猫を保護し里親を探すなど、飼い主のいない猫を減らすための活動にはたくさんの費用がかかり、多くの団体が、資金不足を課題としているという調査結果があります。自分で実際に活動できなくても、そのような活動を行っている団体に寄付を行うことで、飼い主のいない猫を減らすのに協力ができます。

いろいろな考えがあります

少しずつその効果が認められ、全国的に広まってきている地域猫活動やTNR活動ですが、地域での活動の徹底が難しいこと、効果が出るまで時間がかかること、地域外からの猫の流入や捨て猫の増加で猫の数が減らない問題、動物に対して人間が勝手に手術したり耳をカットしたりすることに対して倫理的な疑問を感じる人がいることなど、さまざまな問題点も指摘されています。野良猫の数を減らすためには別の方法が効果的だと考える人も中にはいます。同じように猫たちの幸せを願っている人の間にも、さまざまな考え方があるのを知っておくことも大事です。

まとめ

さくらねこの耳の印は、猫たちの幸せを願う気持ちを持つ人たちが周りにいる、という証です。そんなあたたかい気持ちが広がって、かわいそうな猫が1頭もいなくなる日が早く来るとよいなと思います。

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監修獣医師

岸田絵里子

岸田絵里子

2000年北海道大学獣医学部卒。卒業後、札幌と千葉の動物病院で小動物臨床に携わり、2011年よりアニコムの電話健康相談業務、「どうぶつ病気大百科」の原稿執筆を担当してきました。電話相談でたくさんの飼い主さんとお話させていただく中で、病気を予防すること、治すこと、だけではなく、「病気と上手につきあっていくこと」の大切さを実感しました。病気を抱えるペットをケアする飼い主さんの心の支えになれる獣医師を目指して日々勉強中です。